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ウィーンという地名から

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 7月16日
  • 読了時間: 4分

今日、オーストリアの首都、ウィーンに住んでいるお客様がお見えになった。

オーストリア人と結婚し、現在は現地で暮らしているという。


今日は息子さんも一緒に連れてきてくださった。

息子さんの身体にも無事に変化が現れ、お母様ご自身が抱えていたいくつかの不調にも変化があった。


満足された様子で帰っていかれた。


ウィーンという地名を聞くと、私はいつも橋本さんのことを思い出す。

橋本さんとは、もう二十年以上の付き合いになる。


シンバルや鉄琴、木琴などを演奏する打楽器奏者だった友人だ。


ウィーン大学に留学し、のちにアジア人で初めてウィーン・フィルのゲストプレイヤーを務めた。


サントリーホールで演奏したこともあるという。

なかなか華やかな経歴である。


けれど、橋本さんをよく表しているのは、華やかな経歴よりも、その周辺にある話の方だと思う。



橋本さんは、クラシックのオーケストラを辞めた。

理由はいくつかあったらしい。


その一つが、シンバルを鳴らすまでの時間だった。


一時間半、小節を数え続ける。


そして、決められた一瞬にシンバルを鳴らす。


その一打のために、ひたすら数え続

けなければならない。

それがつらかったという。

シンバルを鳴らすことが嫌だったわけではない。


鳴らすまでの一時間半が長すぎたのだ。


いかにも橋本さんらしい話だと思う。



橋本さんがウィーンへ行くことになった経緯も、なかなか普通ではない。


橋本さんは、日本の音楽大学の試験に落ちた。


その後、近所の整体へ行った。


すると、その整体の先生が、なぜかオーストリア大使館にも関わりのある人だった。

そこで、


「日本の音大が駄目なら、ウィーン大学へ行けばいいじゃないか」


というようなことを言われたらしい。


普通なら、冗談として聞き流すところだと思う。


けれど、橋本さんは本当にウィーンまで試験を受けに行った。



イタリアを経由して向かったのだが、途中で行き先が「Vienna」だと知った。

すると橋本さんは、


「俺はヴィエナに行きたいんじゃない。ウィーンに行きたいんだ」


と言って、客室乗務員を困らせたという。


言うまでもなく、Viennaはウィーンの英語名である。


ドイツ語ではWienと書く。


日本を出発した時点で、まだそのことを知らなかった。



それでも、橋本さんはウィーンの音楽大学に合格した。


六十人か七十人ほどが受験し、合格したのは一人だけだったという。


後になって、当時の試験官だったオーストリア人の先生に、


「どうして私を合格させたのですか」


と聞いたことがあるらしい。


先生は、


「オーバーオールの上にジャケットを着ていたアジア人が、面白かったから」


というようなことを答えたという。


もちろん、演奏する力があったから合格したのだろう。


けれど、最後に人の記憶に残ったのは、オーバーオールとジャケットだった。



当時の橋本さんは、ドイツ語はもちろん、英語もほとんど話せなかった。


しかも、オーストリアでドイツ語が話されていることも、よくわかっていなかったらしい。


現地で暮らし始めてからも、


「なんだか、よくわからない英語だな」


と思っていたという。


しばらくして、


「ああ、これはドイツ語だったのか」


と気づいたらしい。


それでも生活し、音楽を学び、演奏家として道をつくっていった。


言葉がわからなくても、何かは伝わっていたのだろう。

よほどコミュニケーション能力が高かったのだと思う。



ウィーンという言葉を聞いただけで、これだけの話を次々と思い出してしまう。


日本の音大に落ちたこと。

整体の先生に勧められたこと。

ViennaとWienが同じ場所だと知らなかったこと。


オーバーオールにジャケットを着て試験を受けたこと。


ドイツ語を、よくわからない英語だと思っていたこと。


そして、一度シンバルを鳴らすために、一時間半も数え続けていたこと。


橋本さんの話は、一つひとつが強烈である。



言葉や地名というものは、不思議だ。


たった一つの名前が、記憶の奥に触れることがある。


そこから人の顔や声、昔聞いた話が、次々に浮かび上がってくる。


今日、ウィーンから来たお客様に会った。


それだけのことから、二十年以上前からの友人の話を、こんなにも思い出した。


人間の記憶は、どこで何とつながっているのか、自分でもよくわからない。


ウィーンという一つの地名が、頭の中でシンバルを鳴らした。


そんな一日だった。

 
 
 

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