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一番の親孝行は、餃子かもしれない

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 7月30日
  • 読了時間: 5分

昨日は、朝から母を病院へ連れていく予定だった。


そのため前日は東京に泊まり、朝早めに出発した。


病院へ向かう前に、神奈川にある日帰り温泉へ立ち寄った。


源泉かけ流しの湯にゆっくり浸かり、身体を整えてから母の家へ迎えに行った。


そこから北里大学病院までは、車で十分ほどである。


距離だけを考えれば、とても近い。

母が一人でタクシーに乗ることができれば、病院まで行くこと自体は難しくない。

けれど、病院に着いてからが大変である。


受付をする。

血液検査を受ける。

診察室を探す。

医師の説明を聞く。


会計を済ませ、処方箋を薬局へ持っていく。


今の母に、それをすべて一人でさせるのは現実的ではない。



母と北里大学病院へ通い始めて、もう一年ほどになる。

今回は、脳神経内科の診察だった。


これまでは循環器を中心に診てもらっていたため、私が脳神経内科の先生と直接話すのは初めてだった。


その先生からは、どうにかして原因を見つけようとする意志が感じられた。



母は救急車で病院へ運ばれたことをきっかけに薬を飲み始め、その頃から、立つことに強い不安を感じるようになった。


以前よりも立つことが難しくなり、その状態は少しずつ悪化している。


原因を探るために、これまで薬を減らしてみたこともあった。


MRIやMRAも撮った。


けれど、はっきりとした異常は見つからなかった。



先生にこれまでの経緯を説明すると、一ヶ月ほど前に別の脳神経外科で撮影したMRIとMRAを、もう一度確認してみたいと言われた。


「どちらで撮りましたか」

そう聞かれたので、クリニックの名前を伝えた。


その時は姉が母を連れていったため、私は詳しいことを把握していなかった。


すると先生は、

「では、私が電話してみます」

と言った。


そして、その場ですぐにクリニックへ電話をかけてくれた。


その行動の早さに、私は少し驚いた。


医師が自ら動き、どうにかして問題を切り分けようとしている。


今までとは、少し違う展開になるかもしれない。

そう思えた。


先生によると、まず必要なのは、器質的な問題なのか、機能的な問題なのかを見極めることだという。


骨が折れている。

脳や神経に明らかな異常がある。

そのように、身体の組織そのものに原因が見つかるのが器質的な問題である。


一方で、検査では明確な異常が見つからなくても、以前できていた動作がうまくできなくなることがある。


母の場合、立つという動作の感覚や自信が失われている可能性もある。

もし機能の問題であれば、その動きを取り戻すために、リハビリを続けることが必要になる。


その二つをさらに切り分けるため、次回は筋電図と脳波の検査を受けることになった。



次の予約は、朝八時半である。

千葉から当日の朝に向かうのでは間に合わない。


そこで、母の家の近くにあるホテルを予約した。

前日から近くに泊まり、朝、母を迎えに行く。


病院へ通うための準備も、だんだん大がかりになってきた。



先生とは、一時間近く話したと思う。


これほど長い時間を使って、母の状態を確認してくれた先生は、これまでいなかった。

認知機能の検査も行った。

前頭葉の機能が低下していないかを調べるテストも受けた。


結果として、大きな問題は見つからなかった。



ただ、少し気になる場面もあった。


先生から、

「今日は何月何日ですか」

と聞かれた。


実際には七月二十九日だったが、母は、

「七月二十六日」

と答えた。


三日違っている。


それでも、検査全体では認知症を示すような結果ではなかったという。


一つの日付を間違えただけで、認知症と判断されるわけではないという。


七十九歳になると、こういうこともあるのだろう。

そう思いながらも、私は少し気になっていた。



診察を終えると、いつものように病院前の薬局へ処方箋を持っていった。

母が薬を飲み間違えたり、飲み忘れたりしないように、朝と夕方の薬をそれぞれ一つの袋にまとめてもらっている。


いわゆる一包化である。

この作業には時間がかかる。


その待ち時間に、私たちはいつも昼食を食べに行く。

昨日は、二人で寿司を食べた。



食事を終えて、

「では、病院の方へ戻ろうか」

と言うと、母は驚いたように聞いた。


「どうして?」

「薬局へ薬を取りに行かないと」


そう答えて薬局へ向かったが、母はまだ不思議そうな顔をしていた。


「この流れ、もう一年くらい続けているよね」


そう言ったものの、母はあまり覚えていないようだった。


検査では大きな問題はない。


けれど、日常の中では、こうして少しずつ抜け落ちていることもある。

検査の数字だけではわからないことも、きっとあるのだろう。



これから母の状態がどうなるのかは、まだわからない。

結局のところ、今はリハビリを続けていくしかない。


それでも、以前より顔色はよくなっている。

血液検査の数値にも改善が見られた。


母自身も最近では、

「もしかしたら、思い込みもあるのかもしれない」

と言うようになった。



夜は、私が餃子を作った。

本当は、どこか美味しいレストランへ連れていこうかとも考えた。


けれど、息子が作った料理を一緒に食べるほうが、母は喜ぶ。


そう思い直し、餃子を包んだ。

特別な親孝行ではない。


病院へ連れていき、薬を受け取り、寿司を食べ、夜には餃子を作る。


一番の親孝行は、こういうことなのかもしれない。


更けていく夜の中で、そんなことを思った。

 
 
 

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