中年の悲哀

昨日、中国人の友人とタンゴを踊りに行った。
彼女は、とても気が利く人である。
私が中国語を勉強していると知ってから、できるだけ中国語で話してくれるようになった。
お互いに英語を話せるので、本来なら英語の方が彼女にとって楽なはずだ。それでも、私の勉強に付き合うため、わざわざ中国語で話してくれる。
そんな関係で、時々一緒にタンゴへ行く。
彼女は目黒に住んでいる。帰る方向が合うときには、車で送っていくこともある。
昨日も現地で待ち合わせ、二人で踊りに行った。
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その日の会場は、かなり混み合っていた。
私はもともと、次から次へと多くの人と踊る方ではない。踊っている人たちを眺めながら、座っている時間も長かった。
最後のタンダくらいは、彼女と踊ろうと思っていた。
ところが、その直前に、あるアルゼンチン人の男性が彼女に声をかけた。
一瞬、彼女に何か伝えた方がよいのではないかと思った。
しかし、時すでに遅し。
彼女はその男性と踊り始めた。
私は踊らず、近くにいた男性の友人と四方山話をしていた。
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会が終わり、彼女が車に乗り込むなり、こう言った。
「今日は全部のタンダが完璧だったと思ったのに。最後の最後で、全部ぶち壊された」
そして、まくしたてるように、その男性への不満をぶちまけた。
「抱きしめ方が強すぎる。私ができないことを分かっているのに、次々と難しいことをリードしてくる。本当に嫌だった」
よほど不快だったのだろう。
いつも冷静な彼女の言葉が、帰りの車内では止まらなかった。
私は、やはり踊る前に注意しておくべきだったと後悔した。
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その男性は、東京のタンゴ界に長くいる人物である。
私はなるべく関わらないようにしてきたので、個人的に深く知っているわけではない。
ただ、以前から、彼が同じように女性へ声をかけている姿は何度も見てきた。その振る舞いについて、あまりよくない話を耳にしたこともある。
少なくとも、その夜の彼女にとっては、楽しい時間をつくってくれる相手ではなかった。
そのことだけでも、先に伝えておけばよかった。
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帰りの車内では、中国語をやめて英語に切り替えた。
私の中国語の勉強には、いつも根気よく付き合ってくれる。
けれど、複雑な事情や微妙な人間関係を説明するには、今の私の中国語では足りない。
そこで、日本のタンゴ界のことや、踊る相手をどのように見極めればよいかを、英語で少し詳しく話した。
彼女も、いろいろと思うところがあったようだった。
そして、もう彼とは踊らないと言った。
短い帰り道だけでは十分に話せなかったので、今度あらためて説明する必要があるかもしれない。
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その男性は、見たところ50歳近いだろう。
私と、ほとんど同世代である。
20年前なら、同じような方法でも女性を魅了できたのかもしれない。
若さがあり、アルゼンチン人というだけで珍しがられ、多少強引なリードも「情熱的」と受け取られた時代があったのだろう。
しかし、20年は長い。
その間、日本人だけでなく、世界中の人たちがタンゴの経験を積み、踊りのレベルを上げてきた。
女性たちも、さまざまな相手と踊り、自分にとって心地よい踊りが何かを知るようになった。
昔と同じやり方が、今も通用するとは限らない。
少なくとも彼の踊りは、彼女を魅了するものではなかった。最後のタンダを台無しにしただけだった。
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50歳近くになっても、昔と同じように女性へ声をかけ、同じ方法を繰り返している。
周囲は変わり、女性たちの見る目も、タンゴの水準も変わった。
それでも、自分だけは20年前と同じ場所に立ち続けている。
その姿を、私はただただ哀れだと思った。
彼の事情を知りたいとも、関わりたいとも思わない。今後も距離を置くだけである。
「最後の最後で、全部ぶち壊された」
家に着いてからも、彼女のその言葉が残っていた。



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