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幸せは、背負うことでは広がらない

8月21日
読了時間: 5分

明日、藤原直哉先生との対談を行う。


タイトルは、


「見えない世界と、これからの日本」


である。


この数日、対談で何を話すのか、ずっと考えてきた。


複素数モデル。


3次の影響力。


身体と意識。


これからの日本。


扱いたいテーマはいくつもある。


けれど、準備を重ねるうちに、すべての中心にあるのは「幸せ」ではないかと思うようになった。



明日は、会場に集まった皆さんへ、最初に問いかけようと思っている。


「今の自分の幸せは、100点満点で何点でしょうか」


ただし、いきなり数字を決めてもらうわけではない。


まず、自分はどのような時に幸せを感じるのかを考えてもらう。


家族と過ごしている時。


仕事がうまくいった時。


おいしいものを食べた時。


自分の存在が、誰かの役に立った時。


何もせず、静かに過ごしている時。


幸せの形は、人によって違う。


同じ人の中でも、年齢や環境によって変わっていく。



少し前まで、私にとっての幸せは、自分の可能性を広げることだった。


世界中を旅したい。


英語を話せるようになりたい。


スペイン語を身につけたい。


世界中の人と、直接コミュニケーションを取りたい。


その願いに従って、約70カ国を旅した。


アルゼンチンとメキシコに暮らし、英語とスペイン語を、ほとんど不自由なく使えるようになった。


言い方は悪いかもしれないが、かなり自分勝手に、自分のやりたいことを優先して生きてきた。


けれど、それは私にとって必要な時間だった。


自分の人生を生きたからこそ、今は自分が何を得るかより、身につけたものを誰かに渡すことへ関心が向いている。


施術をする。


研修生へ伝える。


学んだ人が、自分の場所で仕事を始めるのを支える。


幸せが大きくなったというより、その重心が少しずつ自分の外へ移ってきたのだと思う。



ただし、他者のために生きることと、他者の人生まで背負うことは違う。


先日の継続会では、参加者の背中や胸に現れている緊張を見ていった。


仕事の責任。


家族への心配。


親の健康。


子どもの将来。


相談相手の苦しみ。


責任感があり、優しい人ほど、自分の荷物だけでなく、身近な人の荷物まで背負っている。


本人は、誰かのためにしているつもりである。


けれど、その結果、自分の身体が重くなり、呼吸が浅くなり、眠れなくなることもある。


自分が倒れてしまえば、誰かを支えることもできない。



私は以前から、


「人が人を治すのは、おこがましい」


と思っている。


人には、それぞれの身体がある。


それぞれの意識がある。


それぞれの人生がある。


施術者が、その人に代わって人生を生きることはできない。


家族であっても同じである。


親には親の道がある。


子どもには子どもの道がある。


相手が転ばないように、先回りして石をすべて取り除くことが、本当にその人のためになるとは限らない。


できるのは、相手の力を信じること。


必要な時に手を差し出すこと。


そして、自分自身の身体と人生を整えておくことなのだと思う。



自分を大切にすることは、身勝手なことではない。


自分の身体が整えば、呼吸が変わる。


表情が変わる。


声の調子が変わる。


人への接し方が変わる。


同じ言葉を使っていても、焦っている人から発せられる言葉と、落ち着いている人から発せられる言葉では、相手に届くものが違う。


人の状態は、その人だけの中で完結していない。


幸福や安心が、人間関係のネットワークを通じて広がる可能性を示した研究もある。


何が伝わっているのかは、まだ単純には説明できない。


言葉なのか。


行動なのか。


表情なのか。


それとも、その人がそこにいる時の、場の空気なのか。


おそらく、そのすべてなのだろう。



だから、他人を幸せにしようと背負い込む前に、自分が少し幸せになる。


自分の身体を休ませる。


自分が本当に望んでいることを考える。


必要のない責任を下ろす。


誰かの人生を、自分が何とかしなければならないという考えを手放す。


自分の幸せを追求することによって、その状態が周囲へ伝わっていく。


その方が、誰かの荷物を無理に取り上げるよりも、遠くまでよい影響が届くのかもしれない。



明日の対談が終わった時、参加された皆さんの幸福度が、1点でも上がっていたらと思っている。


難しい理論を、すべて理解してもらう必要はない。


すべての質問に、答えを出す必要もない。


自分の身体を、もう少し大切にしてみよう。


自分にとっての幸せを、もう一度考えてみよう。


隣にいる人と、少し話してみよう。


何かひとつでも持ち帰っていただければ、それでよい。



幸せは、誰かの人生を背負うことで広がるのではない。


まず、自分の身体を整える。


自分の人生を、自分で生きる。


その姿を見た誰かが、少しだけ楽になる。


幸せは、そうやって静かに広がっていくのだと思う。

 
 
 

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