無重力マッサージ
- Admin
- 6月19日
- 読了時間: 3分

最近、日帰り温泉に行くたびに、無重力マッサージがウリのマッサージ器のお世話になっている。
以前は、普通に人間が行うマッサージの方が好きだった。
けれど、いろいろなことがわかるようになると、人に身体を預けることには、思っている以上のリスクがあると感じるようになった。
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8月22日に、藤原直哉先生と対談を行う。
テーマは「見えない世界と、これからの日本」。
藤原先生は、見えない世界を表すものとして「虚数」という言葉を使っている。
目に見える世界が「実数」だ。
この言い方を借りるなら、無重力マッサージはまさに実数の世界のものだ。
機械が決まった動きをする。
強さも、時間も、コースも、こちらで選べる。
そこには、その人の感情も、体調も、こちらに向けられる見えない何かもない。
だから安心して使える。
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ところが、人のマッサージとなると、そうはいかない。
その人のその日の調子。
スキル。
考え方。
人に対して抱いている気持ち。
そういった目に見えないものが、施術には大きく関わってくる。
つまり、虚数の要素がとても大きい。
しかも、それは受ける前にはほとんどわからない。
以前、施術の勉強のために、多くのマッサージ師のお世話になったことがある。
けれど最近は、誰かに頼むことがほとんどなくなった。
それほど整った人は、この世界にはなかなかいない。
技術がある人はいる。
経験がある人もいる。
親切な人もいる。
けれど、技術や親切さだけでは見えない部分がある。
人が人に触れるということは、単に筋肉を押すとか、関節を動かすということではない。
その人の状態が、こちらに入ってくる。
以前、マッサージを頼んで、始まる前に「ああ、この人はダメだ」と感じて、急遽適当な理由をつけて断ったこともある。
今思えば、ずいぶん失礼なことをしたのかもしれない。
けれど、その時の自分には、それ以上身体を預けることができなかった。
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いろいろなことを感じられるようになると、それに伴ってリスクにも敏感になる。
見えないものがわかるようになるということは、便利なことばかりではない。
むしろ、以前なら気にせずに済んでいたことが、気になってしまう。
だから最近は、安心安全の無重力マッサージがちょうどいい。
実数の世界は、目に見える。
決まっている。
予測できる。
そのことが、こんなにも心地いいのかと思う。
普段、虚数の世界を相手にしているからこそ、逆に実数だけの世界が心地いいのかもしれない。
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実数と虚数。
どちらが優れているという話ではない。
身体も同じだ。
筋肉や骨格という実数の世界がある。
感情、空間、人間関係、その人のあり方という虚数の世界もある。
どちらかだけを見ても、身体はわからない。
だからこそ、実数の世界に戻れる時間は大事なのだと思う。
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温泉に入り、身体を温め、機械のマッサージに身を委ねる。
そこには余計な意図がない。
ただ決まった動きがあり、決まった圧があり、決まった時間がある。
その単純さが、今の自分にはありがたい。
というようなことを思いながら、今日も温泉に行き、無重力マッサージを思う存分受けるつもりだ。
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8月22日の対談についてはこちら。



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