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運命は決まっているのか

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 6 日前
  • 読了時間: 3分

あれは、まだ私がこの仕事を始めたばかりの頃だった。

その男性は、一度だけサロンに来られた。


脳梗塞の後遺症を、少しでも改善したい、ということだった。

けれど結局、その後お会いすることはなかった。


だから、今どうされているのかは分からない。

ただ、その方から聞いた話だけは、今でも忘れられない。

その男性が脳梗塞で倒れたときのことが、また特殊だった。

知人のお見舞いのために、ある病院を訪れた。


その駐車場から出たところで、突然倒れたという。

しかも、偶然というには出来過ぎているのだが、

その病院には、日本でも名の知れた脳外科医が勤めていて、

その医師が、執刀にあたったそうだ。


手術は無事に成功し、しばらく入院したのち、退院した。

ここまでなら、よくある話である。


問題は、その後だった。

彼は退院してから、人のオーラが見えるようになったという。


赤や、青や、黄色。


人によって、色はさまざまだったらしい。

私は、そういう能力の真偽を判断するつもりはない。


ただ、臨死体験に近い経験をすると、何か感覚が変わる人がいることは、確かにある。

だから彼の話も、頭から否定する気にはなれなかった。

ある日、友人に誘われて、寿司屋へ行った。


ふと、大将のオーラを見た。


その色だけが、無色透明だったという。

「そんなこともあるのかな」

その時は、それだけだった。


寿司は旨かった。

友人とも、楽しい時間を過ごした。

そして、帰宅した。

翌日。

一本の電話がかかってきた。

「昨日の寿司屋の大将、バイク事故で亡くなったらしい。」

彼は、言葉を失った。

昨日まで元気だった人が、突然亡くなった。

しかも自分は、その前日に、無色透明のオーラを見ていた。

それ以来、外出するのが怖くなったという。

また、同じものを見てしまったらどうしよう。


もし見えてしまったら、何かできるのではないか。

いや、何もできないのではないか。


そんなことを、考え始めるようになったらしい。

私はこの話を聞いて以来、ずっと考えていることがある。


運命というものは、本当に決まっているのだろうか。

末期の病気の人が亡くなる。


それなら、まだ分かる。

身体に、何らかの変化が起きているのかもしれない。


しかし、事故は違う。

事故は、偶然のはずだ。

誰にも予測できないはずだ。

にもかかわらず、その男性は前日に、何かを見ていた。

そして翌日、その人は亡くなった。

もちろん、偶然かもしれない。


人間は意味を見つける生き物だから、

たまたま起きた出来事に、物語を与えているだけなのかもしれない。

それでも私は、時々考える。


人生には、「決まっている部分」と「決まっていない部分」の、

両方があるのではないか、と。

現実として起きる出来事。

そして、その奥に流れている、見えない何か。

どちらが正しいのかは、分からない。


おそらく、一生分からないだろう。

もし自分が、同じ立場だったら、と考える。


きっと私は、首を突っ込まずにはいられないだろう。

ただ、そうすることで、かえって事態を悪くしてしまうかもしれない。


結局は、堂々巡りだ。

ただ、一つだけ言えることがある。

未来のことを、どれだけ考えても、

明日は、まだ存在していない。

運命を信じるのも、自由だ。

可能性を信じるのも、自由だ。

しかし結局、

私たちに与えられているのは、

今この瞬間だけなのだと思う。

明日を変えようとする前に、今日を生きる。

未来を心配する前に、今を味わう。

それが結局、私たちにできる、唯一のことなのかもしれない。

そして、それだけで、十分なのかもしれない。

 
 
 

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