「学校に行くと痛くなる」—身体と空間の関係について
- Admin
- 6 日前
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もう4、5年になるだろうか。
お母様が研修会に参加されており、ご自身の健康問題、さらにはご両親や義理のご両親のことでも、これまで何度もサロンへ来てくださっていた。
長い時間をかけて、少しずつ信頼関係ができていったご家族だった。
ある日、そのお母様から相談を受けた。
中学に入った息子さんが、足首の痛みを訴えているという。
しかも、野球部の練習ができないほど痛いらしい。
実はその男の子も、過去に何度か施術したことがあった。
今回の足首の痛みのためにサロンにお越しいただき、
その時は症状も落ち着き、お母様も安心されていた。
ところが、後から聞くと、また痛みがぶり返したという。
念のため整形外科にも行った。
しかし、
「異常なし」
レントゲンでも、特に原因は見つからなかったらしい。
私は以前から、その男の子はとても感受性が強いと感じていた。
そこで、お母様がこんなことを言われた。
「もしかしたら、学校という空間自体が影響しているのかもしれません。」
私は少し考え、
学校全体や教室の写真を撮って持ってきてもらうことにした。
遠隔整体や空間サポートでは、私は身体だけを見ているわけではない。
その人が長く過ごしている“場”も見る。
写真を一枚ずつ確認していく中で、私はグラウンドのある一角で手が止まった。
ゴミ箱が置いてある場所だった。
なぜか、そこだけ空気が重い。
澱んでいる。
うまく言葉にはできないが、「嫌な感じ」が残っていた。
もう少し集中して見ていると、ふっと一つのイメージが浮かんだ。
先輩に、
「おい、ゴミ捨ててきて。」
と言われた後輩が、嫌々ゴミを持って歩いていく。
もちろん、その先輩に悪気はないのだと思う。
学校ではよくある光景だろう。
ただ、そういう小さなストレスや上下関係が、何年も、何世代も繰り返されていくと、その場所には独特の空気が残ることがある。
私は、その場所と男の子との繋がりを切るイメージで調整を行った。
寄せ付けないように。
巻き込まれすぎないように。
数日後、気になってこちらから連絡をした。
すると、お母様から、
「あれから痛みは出ていません。」
と返事が来た。
私はこの出来事を通して、改めて思った。
身体は、身体だけで完結しているわけではない。
人は、毎日過ごしている空間や人間関係から、想像以上に影響を受けている。
もちろん、すべてを「土地」や「空間」のせいにするつもりはない。
そんな単純な話ではない。
ただ、
病院で異常がない。
でも、本人は確かに苦しい。
そういうことは、実際にある。
そしてもう一つ思った。
今回、再び相談していただけたのは、それまでの長い信頼関係があったからだということだ。
もし、一度きりの関係だったら。
もし、「変化」を共有できる土台がなかったら。
きっと、そのまま終わっていただろう。
遠隔サポートも、整体も、結局は人と人との信頼の上に成り立っている。
私はそう思っている。
そして最近は、
「身体を整える」
ということは、
「その人が毎日戻っていく場所を見ること」
でもあるのだと、強く感じている。



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