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「学校に行くと痛くなる」—身体と空間の関係について

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 6 日前
  • 読了時間: 3分

もう4、5年になるだろうか。


お母様が研修会に参加されており、ご自身の健康問題、さらにはご両親や義理のご両親のことでも、これまで何度もサロンへ来てくださっていた。


長い時間をかけて、少しずつ信頼関係ができていったご家族だった。


ある日、そのお母様から相談を受けた。

中学に入った息子さんが、足首の痛みを訴えているという。


しかも、野球部の練習ができないほど痛いらしい。

実はその男の子も、過去に何度か施術したことがあった。


今回の足首の痛みのためにサロンにお越しいただき、

その時は症状も落ち着き、お母様も安心されていた。


ところが、後から聞くと、また痛みがぶり返したという。

念のため整形外科にも行った。


しかし、

「異常なし」


レントゲンでも、特に原因は見つからなかったらしい。


私は以前から、その男の子はとても感受性が強いと感じていた。

そこで、お母様がこんなことを言われた。

「もしかしたら、学校という空間自体が影響しているのかもしれません。」


私は少し考え、

学校全体や教室の写真を撮って持ってきてもらうことにした。

遠隔整体や空間サポートでは、私は身体だけを見ているわけではない。


その人が長く過ごしている“”も見る。

写真を一枚ずつ確認していく中で、私はグラウンドのある一角で手が止まった。

ゴミ箱が置いてある場所だった。


なぜか、そこだけ空気が重い。

澱んでいる。


うまく言葉にはできないが、「嫌な感じ」が残っていた。

もう少し集中して見ていると、ふっと一つのイメージが浮かんだ。


先輩に、

「おい、ゴミ捨ててきて。」

と言われた後輩が、嫌々ゴミを持って歩いていく。

もちろん、その先輩に悪気はないのだと思う。


学校ではよくある光景だろう。


ただ、そういう小さなストレスや上下関係が、何年も、何世代も繰り返されていくと、その場所には独特の空気が残ることがある。


私は、その場所と男の子との繋がりを切るイメージで調整を行った。

寄せ付けないように。

巻き込まれすぎないように。


数日後、気になってこちらから連絡をした。


すると、お母様から、

「あれから痛みは出ていません。」

と返事が来た。


私はこの出来事を通して、改めて思った。

身体は、身体だけで完結しているわけではない。


人は、毎日過ごしている空間や人間関係から、想像以上に影響を受けている。

もちろん、すべてを「土地」や「空間」のせいにするつもりはない。


そんな単純な話ではない。

ただ、

病院で異常がない。


でも、本人は確かに苦しい。

そういうことは、実際にある。


そしてもう一つ思った。

今回、再び相談していただけたのは、それまでの長い信頼関係があったからだということだ。


もし、一度きりの関係だったら。

もし、「変化」を共有できる土台がなかったら。

きっと、そのまま終わっていただろう。


遠隔サポートも、整体も、結局は人と人との信頼の上に成り立っている。

私はそう思っている。


そして最近は、

「身体を整える」

ということは、

「その人が毎日戻っていく場所を見ること」

でもあるのだと、強く感じている。

 
 
 

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