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母を病院へ連れて行く日
今日は母を病院へ連れて行った。 去年の七月、肺に水が溜まって緊急入院してから、もうすぐ一年になる。 それ以来、ほぼ毎月、大学病院へ通っている。 あの夜のことは、今でもよく覚えている。 ちょうど、妻とカナダへ発つ三日前だった。 深夜十一時過ぎ、留守電に母からの着信があった。 こんな時間にかけてくる人ではない。 何かあったと思い、慌ててかけ直した。 電話がつながると、「死ぬ、息ができない、苦しい」と、途切れ途切れの声が聞こえた。 とにかく息を吸うように伝えながら、家族に連絡をとり、救急車を呼んでもらった。 そうして、なんとか一命を取り留めた。 あのまま亡くなっていても、不思議ではなかった。 もし、私たちがカナダへ発った後だったら、もう間に合わなかったかもしれない。 人の運命というのは、本当に紙一重だと思う。 それが奇跡的に息を吹き返して、今こうして一緒に病院へ通えている。 まずは、そのことに感謝している。 ⸻ 心不全の数値は、ここ三ヶ月ほど安定している。 当初は六種類あった薬が、今は四種類まで減った。 今日はさらに一種類、減量になった。...
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2 時間前読了時間: 3分


会場選びもまた施術の一部なのかもしれない
研修会を始めた頃は、福岡、大阪、仙台、北海道と全国各地で開催していた時期がある。 会場は主にインターネットで探していたのだが、これがなかなか難しかった。 写真では素敵に見えるのに、実際に行ってみると全く印象が違う。そんなことが何度もあった。設備や広さの問題ではない。なんとなく落ち着かなかったり、妙に疲れたりする場所があるのだ。 だから会場選びには、意外と苦労した記憶がある。 ⸻ 例えば、今年の7月には神戸で施術会を開催する。 今回はお招きくださった方が会場を提供してくださるので、本当にありがたい。 また、8月22日には経済アナリストの藤原直哉先生との対談を予定している。 こちらは大手町のサンケイプラザで開催することにした。 都内の会場はいくつも下見をしたが、その中でもサンケイプラザは立地も雰囲気も素晴らしかった。迷うことなく決めた。 ⸻ 私は昔から、土地にはそれぞれ固有の空気があると思っている。 「エネルギー」と言うと怪しく聞こえるかもしれないが、実際にその場所へ行くと、人によっては感じるものがあるのではないだろうか。 九州は土地の力が強いと言わ
Admin
1 日前読了時間: 3分


「先生って、何の先生?」── カラダナオル誕生秘話⑪
「先生って、何の先生なんですか?」 先日来られたお客様に、そう訊かれた。 確かに、その通りだと思う。 整体と謳ってはいるけれど、整体師という国家資格はない。 鍼灸師でも、柔道整復師でもない。理学療法士でも、医師でもない。 では一体、何者なのか。自分でも、時々わからなくなる。 ⸻ 別のお客様には、こう言われたこともある。 「人に説明する時に、困るんですよね。」 CS60を使っていた頃は、まだ説明しやすかったらしい。「あの道具を使う人です」で、何となく伝わった。 でも今は、道具もない。遠隔もやる。写真を見ることもある。説明する方も、大変だ。 さらに、こうも言われた。 「ここ、紹介しづらいんですよ。」 なぜですか、と訊くと、 「だって、本当に治っちゃうでしょ。宗教だと勘違いされそうで。」 ……それはそれで、困る。 ⸻ 妻からは、「とにかく何でもいいから、国家資格を取ったら?」と言われ続けている。 鍼の専門学校の資料まで、取り寄せられたこともあった。 解剖学も、栄養学も、心理療法も、独学で学んだ。ほかにも、興味の赴くままに色々と。 でも、資格を取ったこと
Admin
2 日前読了時間: 3分


ズボンが脱げる── カラダナオル誕生秘話⑩
これも、もう5〜6年ほど前の話だと思う。 ある日、ご高齢の女性が、娘さんに付き添われてサロンへ来られた。 どんな症状だったか、今となっては細かくは覚えていない。 ただ、いつものように身体の状態を確認し、一通り施術を終えた。 そして、「では、ゆっくり起き上がってください」と声をかけた、その時だった。 ⸻ 「先生、ズボンが脱げる!」 慌てた様子で、そうおっしゃった。 最初は、冗談かと思った。 あるいはベルトを忘れたのかと思い、「ベルトはされていますか?」と尋ねた。 すると、「最初からしていません」とのことだった。 よく見ると、確かにおかしい。 ウエストが明らかに緩んでいて、指が何本も入るどころではない。ざっと見ても、10〜15センチは余裕ができていた。 さすがに、そのままでは帰れそうにない。私は自分のベルトを外して、お貸しした。 ⸻ 翌週、その女性はまた来られた。ベルトも、無事に返していただいた。 そして驚いたことに、ウエストは緩んだままだった。一時的な変化では、なかったのである。 なぜそうなったのかは、私にはわからない。今でも、不思議な出来事の一つ
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3 日前読了時間: 2分


なぜ病気を見ずその人を見るのか?:カラダナオル誕生秘話⑨
過去に一度だけ、無料の体験会を開いたことがある。 来られたのは4人ほど。その中に、一組のご夫婦がいた。 奥様は、EGPA(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)という難病を患っていて、外出には車椅子が欠かせなかった。ご主人が付き添って来られていた。 私はいつも通り、施術をした。 すると、20分ほど経った頃。 ご主人が車椅子を折りたたみ、奥様は自分の足で歩いて帰っていかれた。 ただ、正直に書いておく。 なぜそうなったのか、私には今でも説明できない。 https://youtu.be/UjNmailas3A (その顛末は上記動画に収めてあるので、各自で判断してほしい。) 私が「治した」とも思っていない。 ただ、その日、そういうことが起きた。それだけだ。 ——そのあと、無料の体験会をやめたのは、言うまでもない。 後日、気になってご様子を伺うと、「あれ以来、車椅子なしで買い物に行けています」とのことだった。 それはそれで、嬉しい。 ⸻ その日、一番自分に響いたのは、別の言葉だった。 ご主人が、病院でのことを話してくれた。少し怒気を含んだ声で。...
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4 日前読了時間: 3分


身代わりという不思議な施術── カラダナオル誕生秘話⑧
あれは、研修会が本格的に始まって、しばらく経った頃のことだった。 いつものように、私が手本を示しながら施術を教えていたとき、 一人の研修生が手を挙げた。 「息子の統合失調症を、どうにかしたいんです。」 そんな相談だった。 ⸻ 私は割と気軽に、 「じゃあ、身代わりの施術を試してみますか?」 と答えた。 その時に思いついたのか、以前から時々やっていたのか、今となっては定かではない。 ⸻ 身代わりというのは、本人がその場にいなくても、 親子のような強い繋がりがある場合に、 その繋がりを介して施術をする、という方法だ。 まだ遠隔やZoomで施術をしていなかった時代である。 本人が来られないとき、時折こうした方法を試していた。 ⸻ ただ一つ、不思議なことがあった。 なぜか身代わりの施術になると、受ける側の痛みが倍増するのだ。 その理由は、今でもわからない。 深く追究したこともない。 経験上、「そういうものらしい」という程度の認識だった。 ⸻ その研修生によると、息子さんは統合失調症を患っていて、 常に100人くらいの声が聞こえているという。 私は素直に、「
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5 日前読了時間: 3分


運命は決まっているのか
あれは、まだ私がこの仕事を始めたばかりの頃だった。 その男性は、一度だけサロンに来られた。 脳梗塞の後遺症を、少しでも改善したい、ということだった。 けれど結局、その後お会いすることはなかった。 だから、今どうされているのかは分からない。 ただ、その方から聞いた話だけは、今でも忘れられない。 ⸻ その男性が脳梗塞で倒れたときのことが、また特殊だった。 知人のお見舞いのために、ある病院を訪れた。 その駐車場から出たところで、突然倒れたという。 しかも、偶然というには出来過ぎているのだが、 その病院には、日本でも名の知れた脳外科医が勤めていて、 その医師が、執刀にあたったそうだ。 手術は無事に成功し、しばらく入院したのち、退院した。 ここまでなら、よくある話である。 問題は、その後だった。 ⸻ 彼は退院してから、人のオーラが見えるようになったという。 赤や、青や、黄色。 人によって、色はさまざまだったらしい。 私は、そういう能力の真偽を判断するつもりはない。 ただ、臨死体験に近い経験をすると、何か感覚が変わる人がいることは、確かにある。...
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6 日前読了時間: 3分


道具に使われるなーカラダナオル誕生秘話⑦
昨日、あるお客様がCS60を持ってサロンを訪れた。 CS60というのは金属のデバイスで、 「これを持てば誰でもゴッドハンドになれる」 と紹介されている道具だ。 私自身も2018年から2022年まで使っていた。 だから良いところも悪いところも知っている。 ⸻ ただ、一つだけずっと違和感があった。 施術しているのは人なのに、 結果が出ると、 「CS60がすごい」 という話になることだった。 ⸻ それと、もう一つ。 擦るだけの施術なのに、私が使うと、なぜか激痛が走った。 その痛みは尋常ではなく、 いつしか私は「日本一痛い施術者」などと呼ばれるようになった。 正直、嬉しい呼び名ではなかった。 人を痛がらせたいわけではない。 ただ、より良い結果を出したかっただけだ。 ⸻ だから私は考えた。 どうすれば痛みを出さずに、結果を出せるのか。 その答えを探すうちに、ミルトン・エリクソンの催眠療法に辿り着いた。 独学で学び、試行錯誤を重ね、 さらに、自分自身の意識の使い方を学んでいった。 すると、同じ変化が起きても、痛みはほとんどなくなった。 最終的には、痛みをほぼ
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6月3日読了時間: 4分


「だから何?」という核弾頭
今日、ふと思った。 「だから何?」という言葉は、核弾頭なのではないかと。 例えば、あなたが今、一番情熱を注いでいることがあるとする。 仕事でもいい。趣味でもいい。 人生をかけた夢でもいい。 友人やパートナー、仕事仲間に向かって、そのことを熱く語る。 なぜそれをやろうと思ったのか。 どんな未来を目指しているのか。 どれだけ苦労してきたのか。 そうしてひとしきり話したあと、相手が一言こう言う。 「だから何?」 これだけで、人間関係は終わる。 少なくとも、その瞬間に、心のどこかは焼け野原になる。 もちろん、本人に悪気はないのかもしれない。 論理的な人なら、「結局、何が言いたいの?」という意味で使っただけ、ということもあるだろう。 けれど言葉は、発した側ではなく、受け取った側で意味が決まる。 だから私は、人前で話すときや文章を書くとき、できるだけ言葉の定義を意識する。 この言葉を、どんな意味で、どんな意図で使うのか。 それでも、誤解はなくならない。 というより、言葉という性質上、誤解は避けられない。 だから人は、言葉では伝えきれないものを表現するために、
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6月2日読了時間: 2分


カラダナオル誕生秘話⑤── 病気を見ているのではない。その人を見ている。
カラダナオル代表の松岡祐紀です。3,000人以上の身体を見続けてきた整体師として、最近改めて考えていることを書きます。 よく人から、 「癌は治せますか?」 「白血病は治せますか?」 と聞かれることがある。 そのたびに思う。 私は病気を見ているのではない。 人を見ているのだと。 ⸻ 症状だけでは、何もわからない 同じ病名でも、同じ状態の人は一人もいない。 その人がどんな人生を歩み、 どんな環境にいて、 どんな人間関係の中で生きているのか。 実際に会ってみないことには、何もわからない。 だから私は、 「その症状は治せますか?」 という質問には、正直、答えようがない。 なぜなら、見るべきなのは症状ではなく、その人だからだ。 ⸻ 医学的には説明のつかない変化 骨折は、医学的にはすぐには治らない。 それは私も理解している。 しかし実際に、松葉杖なしでは歩けなかった方が、施術後、不要になった松葉杖を抱えて帰られたことがある。 肩の腱を断裂し、腕が上がらなかった方が、その場で腕を上げられるようになったこともある。 もちろん、それが全員に起きるわけではない。
Admin
5月30日読了時間: 3分


銀座の焼肉と、退屈な自由について
今日の夜、銀座でセルヒオと焼肉を食べにいく。 より正確に言うと、焼肉をご馳走になりにいく。 セルヒオは年に一度くらいのペースでメキシコから日本へやって来る。そして毎回のように、美味しいものをご馳走してくれる。 彼とはもう十年以上の付き合いになる。 最初に出会ったのは、私がメキシコシティに住んでいた頃だ。 当時は今ほど親しかったわけではない。ただ、会えばよく話をしたし、二人でバーへ飲みに行ったこともある。 どちらかと言えば、ゆっくりと時間をかけて友人になっていった関係だ。 当時、私にはアビマエルという親友がいた。 ある日、彼が少し自嘲気味にこんなことを言った。 「メキシコの金持ちはね、親も金持ちなんだよ」 メキシコには相続税がない。 そのため、一族が築いた資産がそのまま子や孫へと受け継がれていく。 セルヒオもその例外ではない。 親から受け継いだ資産があるので、生活のために働く必要がない。 だから彼はいつも世界中を旅している。 美味しいものを食べ、美味しいワインを飲み、好きな時に飛行機に乗り、好きな国へ行く。 多くの人が羨ましいと思うだろう。...
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5月29日読了時間: 3分


「与えすぎる人」の話ーカラダナオル誕生秘話5
アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスにまだ住んでいた頃のことだ。 当時、「カウチサーフィン」というサービスを見つけた。 空いているソファや部屋を旅行者に提供し、自分が海外へ行った時には、今度は誰かに泊めてもらう。 まだAirbnbがここまで一般化する前の、どこか牧歌的で、理想主義的な空気をまとったサービスだった。 その発想が面白いと思った私は、早速、自宅を開放することにした。 久しぶりに当時のブログを読み返してみた。 2012年1月の記事だから、もう14年近く前になる。 それでも、不思議なほど鮮明に覚えている。 ⸻ 最初に泊まりに来たのは、オランダ人のルーカスくんだった……と、ずっと思っていた。 だが、調べてみると実際の第一号は、ドイツ人のカトリンさんという女性だったらしい。 ところが、彼女のことはほとんど記憶に残っていない。 今思えば、それはたぶん「何の問題もなかった」ということなのだろう。 日本に住んでいた経験もあったようで、日本語も多少話せたらしい。 妻とのコミュニケーションも自然だったのだと思う。 良い関係というのは、案外、記憶に強く残ら
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5月28日読了時間: 3分


カラダナオル誕生秘話(4)── 5年続けてきた研修会で学んだこと
カラダナオル代表・松岡祐紀。兵庫県から来訪された70代のお客様との出会いを通じて、施術者として何を大切にしているかを書きました。「治せばいい」という傲慢から、フラットな関係性へ。5年続けた研修会が教えてくれたこと。 兵庫県から、お母様を伴って 昨日は、兵庫県からお客様がお見えになった。 先週初めてズームセッションをご予約いただき、その結果にご満足されたので、今回はお母様を伴ってお越しいただいた。 70代後半のお母様は、足元が覚束なくなり、2度転倒されてしまったとのことだった。 背中にもボルトが入り、股関節にも金属が入っているとのことで、満身創痍な状態だったが、顔色は良く、元気そうだった。 施術をし、姿勢についても色々とアドバイスをして、娘様にも同様なアドバイスをして施術をした。 帰り際になって、お母様が、 「来て良かった」 とおっしゃってくださった。 これは本当に、施術者冥利に尽きる。 5年続けてきた研修会のおかげ それは、毎月1回開催している、コアなメンバーが集まる「継続の研修会」のおかげもあると思っている。 毎月、多少の入れ替えがありながら、
Admin
5月27日読了時間: 4分


「教える」ということ──15年踊って気づいたこと|カラダナオル誕生秘話(3)
京都在住のタンゴ好きの女性から、 「ディエゴ&アルダナのテクニックを教えてほしい」 と以前から言われていたので、先日それを教えた。 ディエゴ&アルダナというのは、今や世界で最も人気のあるタンゴダンサーと言っても過言ではない存在だ。 2025年の世界タンゴ選手権優勝者でもある彼らは、世界中をツアーで回っている。 ただ、彼らのスタジオは東京・祐天寺にある。 以前は彼らのスタジオに歩いて行ける中目黒に住んでいたし、また彼らがそこにスタジオを構える以前から、レッスンに通っている。 すでに10年近くになる。 超一流ダンサーですら、彼らの踊りを研究し、真似するほど圧倒的な存在だ。 そのテクニックを、今、自分はタンゴ仲間に無料で教えている。 無料どころか、借りているスタジオ代は折半なので、むしろ身銭を切っている。 ただ、「教える」ということは、やはり尊い。 教えた相手がどんどん上達していく姿を見るのは、本当に楽しい。 それはお金とは別の喜びだと思う。 仕事でも同じだ。 カラダナオルの研修会では、自分が培ってきた哲学や技術を、かなり細かく共有している。 以前、.
Admin
5月26日読了時間: 3分


カラダナオル誕生秘話(2)──京都、嵐山、そして父という人について
カラダナオル代表の松岡祐紀です。前回の記事「『無私の心を持っている』──カラダナオル誕生秘話(1)」では、20代の頃に出会った苛烈な整体師の話を書きました。今回はその先、私の家族の話、特に父について書いてみたいと思います。 京都の嵐山に生まれて 出身地を訊かれて、「京都の嵐山」と答えると、たいてい羨ましがられる。 ただ、実際住むと京都は盆地なので夏は蒸し暑く、冬は底冷えする。それほど住み心地がいい土地ではない。 今でこそ世界的な観光地となったが、自分が生まれた50年ほど前は、本当に田舎だった。 東京育ちの母と、京都への嫌悪 だから東京で何不自由なく育った母は、京都を忌み嫌っていた。 「京都の水はまずい。」 「京都の店は美味しくない。」 「京都人は本当にズケズケくる。」 などとよく文句を言っていた。それほどの罵詈雑言を京都に対して言っているのを聞いていたが、個人的には好きな土地ではある。 母は東京の永福町の裕福な家で生まれ、お嬢様育ちだったので、結婚を機に京都に引っ越したのがまず気に入らなかった。 私が14歳まで京都に住み続け、姉が高校に入るタイミ
Admin
5月25日読了時間: 4分


カラダナオル誕生秘話(1)──「触らずに治す」師との出会い、そして父の話
この世界に入ったきっかけを、時々聞かれる。 あれはまだ20代の頃だった。 ロンドンから帰国した私は、「フリーランスフォトグラファー」などという肩書きを名乗ってはいたものの、実際にはそれほど仕事があるわけでもなく、かなり暇を持て余していた。 そんな時、母が見つけてきた整体の先生の講習会へ、よく通うようになった。 その先生は、もともとは普通の整体師だった。 しかし、気づけば、 「触らなくても治せる」「遠隔でも変化する」 という方向へ、どんどん進んでいった。 だから、まだロンドンに住んでいた頃も何度かお世話になったことがある。 特に腰痛がひどかった時、一回の電話しただけでで痛みが消えた時は本当に驚いた。 自分自身が体験してしまうと、完全には否定できない。 今、カラダナオルへ通ってくださっている方々も、きっと同じなのだと思う。 理屈では説明しきれないが、身体が変わってしまう。 だから来る。 その気持ちは、よく分かる。 ただ、その先生はかなり極端な人だった。 もはや「エネルギー絶対主義者」と言っていいくらい苛烈だった。 カップルで来ている人たちに向かって、
Admin
5月24日読了時間: 3分


「女性が背中に乗っている感じがした」フレンチシェフの話
今日、久しぶりにお越しいただいた常連のお客様との会話の中で、ふと思い出した方がいる。 「あの西麻布のフレンチシェフの方は、お元気ですか?」 そう聞いてみると、 「ものすごく元気です。」 と返事が返ってきた。 それを聞いて、とても嬉しくなった。 その方は結局、一度しかサロンには来られなかった。 しかし、今でも強く印象に残っている。 最初に目黒のサロンのドアを開けた瞬間から、妙な違和感があった。 よく集中してみると、女性が背中におぶさっているような感覚がある。 しかも、両手でその方の首にしがみついているような感じだった。 もちろん、初対面のお客様にそんなことを言うわけにはいかない。 だから黙っていた。 ただ、事前に主訴として「首のむち打ち」と聞いていたので、自分でも、 「その情報に引っ張られて、そう感じただけかもしれない」 とは思っていた。 施術が始まり、いつものように身体全体を整えていく。 すると、驚くほどあっさりと首の痛みが消えた。 しかも、ほとんど首には触れていない。 不思議そうな顔をしたそのお客様が、 「原因は何だったんですか?」 と聞いてき
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5月23日読了時間: 3分


「なんかすごい電気ですね」と言ってしまった話
この仕事を始めて、まだそれほど経っていなかった頃の話だ。 もう8年ほど前になるだろうか。 まだその頃は、今のようにピンポイントで何かを感じ取ることはそれほど多くなかった。ただ、それでも時々、「何か妙に気になる人」がいることはあった。 その日来られたのは、中年の男性だった。 別に巨漢というわけではない。中肉中背で、これといって特徴的な体型でもない。 しかし、身体に触れた瞬間、妙な“重さ”を感じた。 重い。 ただ体重が重いという意味ではない。 何か、空気そのものが粘つくような、電気のような、目に見えないエネルギーが身体の周囲に充満している感じがした。 そこで思わず、 「お仕事、何をされているんですか?」 と聞いてしまった。 普段、特に初対面のお客様には、仕事のことなどあまり聞かない。 しかし、その時はどうしても気になった。 すると、その男性は、 「工場で働いています」 と答えた。 何の工場かは分からなかったが、私は反射的に、 「なんか……すごい電気ですね」 と言ってしまった。 お客様は少し驚いた様子で、 「えっ?」 となった後、 「ああ……実は製薬工
Admin
5月22日読了時間: 3分


「黄色い人」の話──北見から毎月通う工学博士のエピソード──
北海道・北見から、毎月目黒のサロンへ通ってくださっている磯江氏という方がいる。 カラダナオルのホームページにも推薦文を寄せていただいている、立派な工学博士である。 ただ、最初から元気だったわけではない。 もともとは原因不明のめまいに長年悩まされていた。 立っていることも、座っていることも辛い。それほど過酷な状態だったにも関わらず、病院では「異常なし」と言われ続けていたそうだ。 もちろん、医師を責めたいわけではない。 ただ昔から、人類は“その時代で測定できないもの”を「異常なし」と呼んできたのだと思う。 後になって、 「ウイルスだった」 「自己免疫だった」 「遺伝子的要因だった」 と分かることは歴史上いくらでもある。 だから私は、「異常なし」という言葉を聞くたびに、“今の技術ではまだ分からない”という意味なのかもしれない、と考えるようになった。 そんな磯江氏のめまいは、施術後、その後完全に消えた。 そして、その後も継続的に通ってくださるようになった。 気づけば、もう4年近い付き合いになる。 その磯江氏とのセッションの中で、今でもよく研修生やお客様に
Admin
5月20日読了時間: 2分


人生の一大イベント、ついに始まる。
それはたまたま昨日休みで、お義父さんが自分の予定を入れているホワイトボードに「草刈り」と書いてあったので、妻と二人で参加したことから始まった。 妻は前回も参加していたので、3人中1人だけ参加しないのも気まずいのでやる気を出して参加した。参加したからには一生懸命やらないと何を言われるかわからないし、ただでさえ192cmもあるので目立つ。 そこは気合を入れて草を刈った。 それを見たのか、お義父さんから草刈りの最中に「氏子にならないか?」という誘いを受けた。最盛期は結構な数の氏子がいたらしいが、今は14世帯のみ。先行きは真っ暗ではある。 ただ敷地の隣にある神社なので、雑に扱うわけにはいかないので、二つ返事で承諾した。神社の正式に始まる新年度は7月15日の宮薙の日とのことで、その日から正式に氏子生活が始まる。 主な行事は、年に3回ある草刈りというあまり心躍らない行事だが、致し方ない。お義父さんが最年長だが、他は70代の方々で、60代はゼロ、50代は1世帯のみというなかなかの陣容だ。 お義父さんは総総代という立場で、最も偉い立場だが、気苦労は絶えない。先代
Admin
5月18日読了時間: 2分
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