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お義父さんがいない日

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 7月10日
  • 読了時間: 6分

今日の朝、お義父さんがゴルフへ出かけた。


前日に、


「昼も夜もいないから」


と伝言を残していった。


それだけのことなのだが、朝から少し家の空気が違っていた。



お義父さんがいる時は、昼は12時、夜は7時と、食事の時間が決まっている。


その時間に合わせて、私たちも食べることになる。


けれど、二人だけの時は自由だ。


今日はとてもお腹が空いていたので、11時半頃に昼ご飯を食べた。


誰かに合わせる必要がない。


それだけで、少し気持ちが軽くなる。



食事を作るというのは、案外大変なことだ。


何を作るのか。


どれくらい作るのか。


昼と夜で何を変えるのか。


毎回、それを考えなければならない。


私の場合は、昼と夜の二食だけなので、まだ恵まれている方だと思う。


お義母さんは、朝、昼、晩と、七人分の食事を毎日用意していた。


それを二十年、三十年と続けていた。


改めて考えると、頭が下がる。



家族が一人増えるということは、食事が一人分増えるということでもある。


もちろん、それだけではない。


生活の時間を合わせる。


家の中の音に気を遣う。


出かける時に声をかける。


帰る時間を考える。


お互いに、少しずつ気を遣いながら暮らしている。


それは、決して悪いことではない。


けれど、やはりプレッシャーがないわけではない。



だから、お義父さんがいない日は、少し開放感がある。


自分たちだけの時間になる。


食事も、簡単なものでいい。


何かを作ってもいいし、作らなくてもいい。


家の中で、どこか気持ちが軽くなる。


お義父さんにとっても、きっと同じような時間があるのだと思う。


明日から来週の火曜日まで、千葉を離れるのは私たちだ。


今週の日曜日、7月12日に神戸で施術会がある。


そのため、明日の土曜日から車で神戸へ向かう。


そのまま数日滞在し、火曜日に帰ってくる予定だ。


その四日間、お義父さんは一人で過ごすことになる。


お義父さんにとっても、自由に過ごせる時間になるのだろう。



一緒に暮らし始めた頃は、お義父さんにかなり気を遣っていた。


どこかへ行く時も、


「一緒に行きますか」


と声をかけていた。


食事も、できるだけ品数を増やし、少し複雑なものを作ろうとしていた。


けれど、お義父さんは妻を通して、


「食事の量が多すぎる」


と伝えてきた。


それからは、無理に品数を増やさなくなった。


一品を中心に、できるだけ簡単にする。


その方がお義父さんにとっても、私たちにとっても楽だった。



お義父さんは、お義父さんの生活がある。


私たちには、私たちの生活がある。


一緒に暮らしているからといって、すべてを一緒にする必要はない。


むしろ、それぞれが自由に過ごせる時間がある方が、長く一緒に暮らしていけるのかもしれない。


相手に気を遣うこと。


相手に気を遣わせないこと。


その両方が必要なのだと思う。



今日は、お義父さんのいない時間だった。


明日からは、私たちが家を離れる。


それぞれが、それぞれの時間を過ごす。


また戻ってきた時には、いつもの生活に戻っていく。


そうやって、少し離れたり、また近づいたりしながら、私たちの家族の暮らしは続いていくのだと思う。お義父さんがいない日


今日の朝、お義父さんがゴルフへ出かけた。


前日に、


「昼も夜もいないから」


と伝言を残していった。


それだけのことなのだが、朝から少し家の空気が違っていた。



お義父さんがいる時は、昼は12時、夜は7時と、食事の時間が決まっている。


その時間に合わせて、私たちも食べることになる。


けれど、二人だけの時は自由だ。


今日はとてもお腹が空いていたので、11時半頃に昼ご飯を食べた。


誰かに合わせる必要がない。


それだけで、少し気持ちが軽くなる。



食事を作るというのは、案外大変なことだ。


何を作るのか。


どれくらい作るのか。


昼と夜で何を変えるのか。


毎回、それを考えなければならない。


私の場合は、昼と夜の二食だけなので、まだ恵まれている方だと思う。


お義母さんは、朝、昼、晩と、七人分の食事を毎日用意していた。


それを二十年、三十年と続けていた。


改めて考えると、頭が下がる。



家族が一人増えるということは、食事が一人分増えるということでもある。


もちろん、それだけではない。


生活の時間を合わせる。


家の中の音に気を遣う。


出かける時に声をかける。


帰る時間を考える。


お互いに、少しずつ気を遣いながら暮らしている。


それは、決して悪いことではない。


けれど、やはりプレッシャーがないわけではない。



だから、お義父さんがいない日は、少し開放感がある。


自分たちだけの時間になる。


食事も、簡単なものでいい。


何かを作ってもいいし、作らなくてもいい。


家の中で、どこか気持ちが軽くなる。


お義父さんにとっても、きっと同じような時間があるのだと思う。


明日から来週の火曜日まで、千葉を離れるのは私たちだ。


今週の日曜日、7月12日に神戸で施術会がある。


そのため、明日の土曜日から車で神戸へ向かう。


そのまま数日滞在し、火曜日に帰ってくる予定だ。


その四日間、お義父さんは一人で過ごすことになる。


お義父さんにとっても、自由に過ごせる時間になるのだろう。



一緒に暮らし始めた頃は、お義父さんにかなり気を遣っていた。


どこかへ行く時も、


「一緒に行きますか」


と声をかけていた。


食事も、できるだけ品数を増やし、少し複雑なものを作ろうとしていた。


けれど、お義父さんは妻を通して、


「食事の量が多すぎる」


と伝えてきた。


それからは、無理に品数を増やさなくなった。


一品を中心に、できるだけ簡単にする。


その方がお義父さんにとっても、私たちにとっても楽だった。



お義父さんは、お義父さんの生活がある。


私たちには、私たちの生活がある。


一緒に暮らしているからといって、すべてを一緒にする必要はない。


むしろ、それぞれが自由に過ごせる時間がある方が、長く一緒に暮らしていけるのかもしれない。


相手に気を遣うこと。


相手に気を遣わせないこと。


その両方が必要なのだと思う。



今日は、お義父さんのいない時間だった。


明日からは、私たちが家を離れる。


それぞれが、それぞれの時間を過ごす。


また戻ってきた時には、いつもの生活に戻っていく。


そうやって、少し離れたり、また近づいたりしながら、私たちの家族の暮らしは続いていくのだと思う。

 
 
 

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