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タンゴDJは、バッティングピッチャーである

8月16日
読了時間: 4分

昨日、久しぶりにタンゴDJをした。


以前は、毎週のようにDJをしていた。

けれど最近は、年に数回ほどである。


曲を選ぶこと自体は楽しい。

ただ、タンゴDJは拘束時間が長い。


ミロンガが始まる前に会場へ入り、最後までいなければならない。


選曲の準備も含めれば、かなり手間のかかる仕事である。



そもそも私は、タンゴDJになりたいと思って始めたわけではない。


以前、あるタンゴスタジオのために、DJをブッキングしていたことがある。


ところが、どうしても人が足りなくなった。


代わりに誰かを探すより、自分でやった方が早い。


いわば、

「代打、自分」

という形で始めた。


仕方なく始めたという側面の方が強かった。



ただ、やるからには徹底してやる。

そういう性分である。


タンゴDJに関する文献やウェブサイトを探した。


楽団の特徴。

歌手との組み合わせ。

タンダの構成。

曲を並べる順番。


フロアの雰囲気をどのように読み、どのタイミングで流れを変えるのか。

手に入るものは、片っ端から読んだ。


今なら生成AIに相談しながら、かなり効率よく学べるだろう。

けれど、それはもう十年以上前の話である。


自分で資料を探し、曲を聴き比べながら、少しずつ覚えるしかなかった。

そうしているうちに、いろいろな場所からDJを頼まれるようになった。



それでも、私の本分は踊ることである。


DJをするより、自分で踊る方が楽しい。


タンゴDJとは何か。

そう聞かれたら、私はバッティングピッチャーのようなものだと答える。


打者が気持ちよくバットを振れる場所へ、やさしい球を投げる。


踊る人が迷わずフロアへ出て、気持ちよく踊れる曲を流す。


ホームランを打つのは、踊る人たちである。

DJが目立つ必要はない。



ところが、自ら好んでDJをする人ほど、自分の好みや個性を出したくなることがある。


あまり知られていない曲を発掘する。

珍しい楽団や録音を紹介する。

それ自体が悪いわけではない。


ただ、フロアで踊る側からすると、

「これは、どうやって踊ればいいのだろう」

と戸惑うこともある。


聞いたことのない曲が続くと、踊りたい気持ちよりも、曲を理解しようとする気持ちの方が強くなってしまう。



だから、たまに自分がDJをすると、日頃の鬱憤を晴らすかのように、誰もが知っている曲をかける。


イントロが流れた瞬間、何の曲かわかる。

身体が自然に動き出す。

次の展開も知っている。

安心してパートナーと向き合える。


そういう、踊りやすい曲を次々とかける。


そして、皆が楽しそうに踊る。


その光景を見ることが、私にとって何より嬉しい。



ブエノスアイレスのミロンガへ頻繁に通っていた頃、私は選曲についてほとんど考えたことがなかった。


いつも聞いたことのある曲が流れていたからだ。

同じ楽団。

同じ歌手。

何度も踊ってきた曲。


それが当たり前だと思っていた。


けれど、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど、さまざまな国で踊るようになってから、それがとても恵まれた環境だったことに気づいた。



ブエノスアイレスのミロンガには、強い好みや暗黙の決まりがある。


ある楽団なら、この歌手でなければならない。

この時間帯には、このような曲を流す。


踊る曲として定着しているものが、ある程度決まっている。


それが絶対に正しいとは思わない。

けれど、踊る側にとって気が楽なのは確かである。


次にどのような曲が流れるのか、ある程度予想できるからだ。



一方、ほかの国では、DJが珍しい曲や楽団を探し出して流すことがある。


台北のタンゴマラソンへ行った時には、中国語の曲が流れた。

そんな選曲もあるのかと、正直驚いた。

土地が変われば、タンゴの受け取られ方も変わる。



以前、あるアルゼンチン人のタンゴダンサーから、ブエノスアイレスの有名なDJの言葉を教えてもらった。


「よいタンゴDJは、大声で話さない。静かにささやく」


言わんとしていることは、よくわかる。


DJが自分の存在を強く主張するのではない。


踊っている人たちの様子を見ながら、静かに会話を続ける。


今、このフロアは何を求めているのか。

次に、どの曲なら自然に立ち上がってもらえるのか。

言葉を使わず、選曲を通して応えていく。


タンゴDJとは、そういう裏方の仕事なのだと思う。



報酬だけを考えれば、決して割のよい仕事ではない。


膨大な曲を聴く。

タンダを組む。

タンダとタンダの間をつなぐコルティーナを選ぶ。


会場の最初から最後まで、フロアの様子を見続ける。


本当に、趣味に近い世界だと思う。

好きでなければ、なかなか続けられない。



たまにやる分には、確かに楽しい。


けれど、以前のように毎週となると、少し気が重くなる。


やはり私は、曲をかける側よりも、踊る側にいたい。


それでも昨日、自分の選んだ曲で皆が楽しそうに踊っている姿を見て、久しぶりにDJをするのも悪くないと思った。


私は、打ちやすい球を投げる。

皆が、気持ちよく踊る。


それでいい。 

 
 
 

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