タンゴDJは、バッティングピッチャーである

昨日、久しぶりにタンゴDJをした。
以前は、毎週のようにDJをしていた。
けれど最近は、年に数回ほどである。
曲を選ぶこと自体は楽しい。
ただ、タンゴDJは拘束時間が長い。
ミロンガが始まる前に会場へ入り、最後までいなければならない。
選曲の準備も含めれば、かなり手間のかかる仕事である。
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そもそも私は、タンゴDJになりたいと思って始めたわけではない。
以前、あるタンゴスタジオのために、DJをブッキングしていたことがある。
ところが、どうしても人が足りなくなった。
代わりに誰かを探すより、自分でやった方が早い。
いわば、
「代打、自分」
という形で始めた。
仕方なく始めたという側面の方が強かった。
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ただ、やるからには徹底してやる。
そういう性分である。
タンゴDJに関する文献やウェブサイトを探した。
楽団の特徴。
歌手との組み合わせ。
タンダの構成。
曲を並べる順番。
フロアの雰囲気をどのように読み、どのタイミングで流れを変えるのか。
手に入るものは、片っ端から読んだ。
今なら生成AIに相談しながら、かなり効率よく学べるだろう。
けれど、それはもう十年以上前の話である。
自分で資料を探し、曲を聴き比べながら、少しずつ覚えるしかなかった。
そうしているうちに、いろいろな場所からDJを頼まれるようになった。
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それでも、私の本分は踊ることである。
DJをするより、自分で踊る方が楽しい。
タンゴDJとは何か。
そう聞かれたら、私はバッティングピッチャーのようなものだと答える。
打者が気持ちよくバットを振れる場所へ、やさしい球を投げる。
踊る人が迷わずフロアへ出て、気持ちよく踊れる曲を流す。
ホームランを打つのは、踊る人たちである。
DJが目立つ必要はない。
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ところが、自ら好んでDJをする人ほど、自分の好みや個性を出したくなることがある。
あまり知られていない曲を発掘する。
珍しい楽団や録音を紹介する。
それ自体が悪いわけではない。
ただ、フロアで踊る側からすると、
「これは、どうやって踊ればいいのだろう」
と戸惑うこともある。
聞いたことのない曲が続くと、踊りたい気持ちよりも、曲を理解しようとする気持ちの方が強くなってしまう。
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だから、たまに自分がDJをすると、日頃の鬱憤を晴らすかのように、誰もが知っている曲をかける。
イントロが流れた瞬間、何の曲かわかる。
身体が自然に動き出す。
次の展開も知っている。
安心してパートナーと向き合える。
そういう、踊りやすい曲を次々とかける。
そして、皆が楽しそうに踊る。
その光景を見ることが、私にとって何より嬉しい。
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ブエノスアイレスのミロンガへ頻繁に通っていた頃、私は選曲についてほとんど考えたことがなかった。
いつも聞いたことのある曲が流れていたからだ。
同じ楽団。
同じ歌手。
何度も踊ってきた曲。
それが当たり前だと思っていた。
けれど、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど、さまざまな国で踊るようになってから、それがとても恵まれた環境だったことに気づいた。
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ブエノスアイレスのミロンガには、強い好みや暗黙の決まりがある。
ある楽団なら、この歌手でなければならない。
この時間帯には、このような曲を流す。
踊る曲として定着しているものが、ある程度決まっている。
それが絶対に正しいとは思わない。
けれど、踊る側にとって気が楽なのは確かである。
次にどのような曲が流れるのか、ある程度予想できるからだ。
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一方、ほかの国では、DJが珍しい曲や楽団を探し出して流すことがある。
台北のタンゴマラソンへ行った時には、中国語の曲が流れた。
そんな選曲もあるのかと、正直驚いた。
土地が変われば、タンゴの受け取られ方も変わる。
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以前、あるアルゼンチン人のタンゴダンサーから、ブエノスアイレスの有名なDJの言葉を教えてもらった。
「よいタンゴDJは、大声で話さない。静かにささやく」
言わんとしていることは、よくわかる。
DJが自分の存在を強く主張するのではない。
踊っている人たちの様子を見ながら、静かに会話を続ける。
今、このフロアは何を求めているのか。
次に、どの曲なら自然に立ち上がってもらえるのか。
言葉を使わず、選曲を通して応えていく。
タンゴDJとは、そういう裏方の仕事なのだと思う。
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報酬だけを考えれば、決して割のよい仕事ではない。
膨大な曲を聴く。
タンダを組む。
タンダとタンダの間をつなぐコルティーナを選ぶ。
会場の最初から最後まで、フロアの様子を見続ける。
本当に、趣味に近い世界だと思う。
好きでなければ、なかなか続けられない。
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たまにやる分には、確かに楽しい。
けれど、以前のように毎週となると、少し気が重くなる。
やはり私は、曲をかける側よりも、踊る側にいたい。
それでも昨日、自分の選んだ曲で皆が楽しそうに踊っている姿を見て、久しぶりにDJをするのも悪くないと思った。
私は、打ちやすい球を投げる。
皆が、気持ちよく踊る。
それでいい。



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