痛いところがないのに来た方は、今までいません
- Admin
- 2 日前
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昨日、大学生の男性がお見えになった。
アメリカンフットボールで痛めた足を見てほしいとのことだった。
ジャンプをする。
片足に重心を乗せる。
そうした動きをすると、足に痛みが走るという。
今回で二回目だった。
前回から、しばらく間が空いていた。
おそらく、再び足を痛めた時に、私のことを思い出してくれたのだろう。
そのことが、素直に嬉しかった。
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アメリカンフットボールやラグビー、サッカーなどは、身体への負担が大きい。
走る。
止まる。
方向を変える。
相手とぶつかる。
一瞬のうちに、身体へ強い力が加わる。
特にアメリカンフットボールのような肉弾戦のあるスポーツでは、衝撃に備えるために全身が硬直しやすくなる。
痛みが出ているのは足でも、その原因が足だけにあるとは限らない。
身体のどこかが動かなくなり、別の場所が代わりに負担を引き受けていることもある。
そのため今回は、足だけではなく、全身のバランスを見ることにした。
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私自身、以前は十年ほどテニスをしていた。
その間に、ぎっくり腰を三回経験した。
今になって考えると、当時の私は身体の使い方をほとんど理解していなかった。
姿勢が悪いという自覚もなかった。
自分では普通に立ち、普通に動いているつもりだった。
けれど、おそらく身体の片側ばかりを使い、同じ場所へ負担をかけ続けていたのだと思う。
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テニスやゴルフのように、ラケットやクラブを片側で扱う競技では、どうしても身体の使い方に偏りが生まれる。
ボールを打つ方向も、身体をひねる方向も、毎回ほぼ同じである。
競技として上達するほど、その動きは繰り返される。
技術が磨かれる一方で、特定の筋肉や関節には負担が蓄積していく。
だからこそ、競技の練習とは別に、身体を整える時間が必要になる。
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昨日の彼も、足だけを見て終わりにはしなかった。
上半身の緊張。
骨盤の傾き。
左右の重心。
足が地面を捉える感覚。
それらを確認しながら、少しずつ全身のバランスを整えていった。
最後に、もう一度ジャンプをしてもらった。
片足にも重心を乗せてもらった。
施術前に出ていた痛みは、その時点では感じないと言っていた。
もちろん、それで身体のすべてが元に戻ったとは限らない。
実際の練習へ復帰すれば、また強い負荷がかかる。
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そこで、彼の身体の使い方から見て、どの筋肉が固まりやすいのかを伝えた。
そして、その筋肉を自分でほぐすためのセルフケアも教えた。
競技を続けていれば、身体には何度も同じような負荷がかかる。
どこが固まりやすいのか。
どのようにほぐせばよいのか。
自分の身体の傾向を知ることも、競技を続けるための技術なのだと思う。
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彼を見ながら、ふと思った。
自分が二十一歳の頃、これほど自分の身体を大切にしていただろうか。
おそらく、していなかった。
痛みが出ても、少し休めば治ると思っていた。
若いのだから、身体はいつでも動くものだと思っていた。
身体を定期的に整えるという発想自体が、ほとんどなかった。
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十年ほど前、日本へ帰国した頃、近所の整体へ行ったことがある。
特に強い痛みがあったわけではない。
時間があったので、身体のメンテナンスをしてもらおうと思い、軽い気持ちで訪れた。
すると、担当した先生から驚いたように聞かれた。
「痛いところはないのですか」
「ありません。メンテナンスです」
そう答えると、さらに驚かれた。
「痛いところがないのに来た方は、今までいません」
その時は、そういうものなのかと思った。
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自分が身体に関わる仕事を始めてから、その先生の言葉を思い出すことがある。
多くの人は、痛みが出てから身体を見ようとする。
動けなくなる。
眠れなくなる。
仕事や生活に支障が出る。
そこまで来て、初めて施術を受けようと考える。
身体を悪くしないために整えるという考え方は、まだそれほど一般的ではないのかもしれない。
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もちろん、昨日の彼にも明確な痛みがあった。
予防のためだけに来たわけではない。
それでも彼は、ほかにもさまざまな選択肢がある中で、わざわざ私のところへ来てくれた。
カラダナオルの施術料は、一万円である。
大学生にとって、決して小さな金額ではない。
そのお金を、自分の身体のために使うと決めた。
そのことを、私はとても嬉しく思った。
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必要なセルフケアを一通り伝えると、彼は満足した様子で帰っていった。
一年後。
五年後。
十年後。
彼がどのように競技を続け、どのように自分の身体と付き合っていくのか。
少し楽しみにしている。



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