私の耳を育てた先生
- Admin
- 3 日前
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先日、ディエゴとアルダナのプライベートレッスンを受けていた時、私の「oído」と「musicalidad」がいいと言われた。
日本語にすれば、耳と音楽性ということになるのだろうか。
音楽性を褒められたことは、これまでにもあった。
けれど、「耳がいい」と言われたのは初めてだった。
ここでいう耳とは、音がよく聞こえるという意味ではない。
リズムや旋律、その変化を捉える耳のことなのだと思う。
なぜ自分の耳がいいと言われたのか。
少し考えた。
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タンゴを始めたのは、2011年のブエノスアイレスだった。
妻と二人で、ステラ先生というアルゼンチン人女性からプライベートレッスンを受け始めた。
当時、六十代後半くらいだったと思う。
とても熱心な先生だった。
こちらができなくても、絶対に諦めない。
何度でも、根気強く教えてくれた。
初心者だった私に、音楽性について詳しく教えることはなかった。
けれど、リズムにはとても厳しかった。
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タンゴにはタンゴのリズムがある。
ワルツにはワルツのリズムがある。
ミロンガにはミロンガのリズムがある。
それをきちんと刻めなければ、何度でもやり直しになった。
最初の頃は、まったくわからなかった。
音楽は聞こえている。
けれど、どこで足を出せばいいのかわからない。
特に最初の一年は、なかなかついていくことができなかった。
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妻は、幼い頃からピアノを習っていた。
リズムも取れる。
メロディーも拾える。
そのため、私がリズムを外すたびに、かなり苛立っていたのだと思う。
タンゴを始めた男性の多くが、最初にここでつまずく。
音楽を聴く。
リズムを取る。
相手をリードする。
次の動きを考える。
自分の足元も確認する。
それを同時に行わなければならない。
あまりにも多くのことを要求される。
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ある時、私はステラ先生に、一曲すべてを振り付けにしてほしいと頼んだ。
どのタイミングで、どのステップをするのか。
それを最初から決めてもらった。
動きを考える必要がなくなれば、音楽を聴くことに少し集中できる。
自分の中におぼろげにあったリズムが、決められた動きと少しずつ重なっていった。
そこから、ようやくリズムが取れるようになった。
さらに何年も経ってから、メロディーも少しずつ拾えるようになった。
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二年ほど前、スイスのタンゴフェスティバルに参加した。
ディエゴとアルダナが招かれていたこともあり、スイスへ行ったことがなかった私は、せっかくなので参加することにした。
そこで、ある男性の踊りを見て驚いた。
音楽のリズムと、動きがまったく合っていなかった。
音楽を聞かずに、自由にステップを踏んでいるように見えた。
そのことをアルダナに言うと、
「本当にそう」
というような顔をして、恥ずかしそうに目をそらした。
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その場で知り合った、ナイジェリアとスイスにルーツを持つ女性にも聞いてみた。
「あれは、どういう踊りなのだろう」
すると彼女は言った。
「私は、あれをフリースタイルと呼んでいる。タンゴではない」
確かに、完全なフリースタイルだった。
音楽を聞かずにタンゴを踊るという発想は、私にはなかった。
ステラ先生から、一年も二年も、繰り返しリズムを教え込まれたからだと思う。
音を外せば、やり直す。
もう一度聞く。
もう一度歩く。
それが当たり前になっていた。
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私は今でも、自分に特別な音楽的才能があるとは思っていない。
音楽を専門的に学んだこともない。
それでも、リズムを無視して踊ることはできない。
音楽が変われば、動きも変わる。
音が止まれば、身体も止まる。
旋律が伸びれば、動きも少し長くなる。
そういうことが、いつの間にか身体の中へ入っていた。
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ディエゴとアルダナに「耳がいい」と言われた時、最初は自分のことを褒められたのだと思った。
けれど、考えてみれば、その耳を最初に育ててくれたのはステラ先生だった。
最初に何を、何度も繰り返し教わったか。
それが、何年も経ってから身体に現れる。
私の耳の中には今も、ステラ先生のリズムが残っている。



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