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私の耳を育てた先生

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 3 日前
  • 読了時間: 4分

先日、ディエゴとアルダナのプライベートレッスンを受けていた時、私の「oído」と「musicalidad」がいいと言われた。


日本語にすれば、耳と音楽性ということになるのだろうか。


音楽性を褒められたことは、これまでにもあった。


けれど、「耳がいい」と言われたのは初めてだった。


ここでいう耳とは、音がよく聞こえるという意味ではない。


リズムや旋律、その変化を捉える耳のことなのだと思う。


なぜ自分の耳がいいと言われたのか。


少し考えた。



タンゴを始めたのは、2011年のブエノスアイレスだった。


妻と二人で、ステラ先生というアルゼンチン人女性からプライベートレッスンを受け始めた。


当時、六十代後半くらいだったと思う。


とても熱心な先生だった。


こちらができなくても、絶対に諦めない。


何度でも、根気強く教えてくれた。


初心者だった私に、音楽性について詳しく教えることはなかった。


けれど、リズムにはとても厳しかった。



タンゴにはタンゴのリズムがある。


ワルツにはワルツのリズムがある。


ミロンガにはミロンガのリズムがある。


それをきちんと刻めなければ、何度でもやり直しになった。


最初の頃は、まったくわからなかった。


音楽は聞こえている。


けれど、どこで足を出せばいいのかわからない。


特に最初の一年は、なかなかついていくことができなかった。



妻は、幼い頃からピアノを習っていた。


リズムも取れる。


メロディーも拾える。


そのため、私がリズムを外すたびに、かなり苛立っていたのだと思う。


タンゴを始めた男性の多くが、最初にここでつまずく。


音楽を聴く。


リズムを取る。


相手をリードする。


次の動きを考える。


自分の足元も確認する。


それを同時に行わなければならない。


あまりにも多くのことを要求される。



ある時、私はステラ先生に、一曲すべてを振り付けにしてほしいと頼んだ。


どのタイミングで、どのステップをするのか。


それを最初から決めてもらった。


動きを考える必要がなくなれば、音楽を聴くことに少し集中できる。


自分の中におぼろげにあったリズムが、決められた動きと少しずつ重なっていった。


そこから、ようやくリズムが取れるようになった。


さらに何年も経ってから、メロディーも少しずつ拾えるようになった。



二年ほど前、スイスのタンゴフェスティバルに参加した。


ディエゴとアルダナが招かれていたこともあり、スイスへ行ったことがなかった私は、せっかくなので参加することにした。


そこで、ある男性の踊りを見て驚いた。


音楽のリズムと、動きがまったく合っていなかった。


音楽を聞かずに、自由にステップを踏んでいるように見えた。


そのことをアルダナに言うと、


「本当にそう」


というような顔をして、恥ずかしそうに目をそらした。



その場で知り合った、ナイジェリアとスイスにルーツを持つ女性にも聞いてみた。


「あれは、どういう踊りなのだろう」


すると彼女は言った。


「私は、あれをフリースタイルと呼んでいる。タンゴではない」


確かに、完全なフリースタイルだった。


音楽を聞かずにタンゴを踊るという発想は、私にはなかった。


ステラ先生から、一年も二年も、繰り返しリズムを教え込まれたからだと思う。


音を外せば、やり直す。


もう一度聞く。


もう一度歩く。


それが当たり前になっていた。



私は今でも、自分に特別な音楽的才能があるとは思っていない。


音楽を専門的に学んだこともない。


それでも、リズムを無視して踊ることはできない。


音楽が変われば、動きも変わる。


音が止まれば、身体も止まる。


旋律が伸びれば、動きも少し長くなる。


そういうことが、いつの間にか身体の中へ入っていた。



ディエゴとアルダナに「耳がいい」と言われた時、最初は自分のことを褒められたのだと思った。


けれど、考えてみれば、その耳を最初に育ててくれたのはステラ先生だった。


最初に何を、何度も繰り返し教わったか。


それが、何年も経ってから身体に現れる。


私の耳の中には今も、ステラ先生のリズムが残っている。

 
 
 

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