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It's fucking hard

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

今日は、山の日という祝日である。


多くの人にとっては、仕事を休む日なのだろう。

けれど、私には朝から施術の予約が入っていた。


いつも通り、朝八時に起きた。

ストレッチをする。

身体を整える。


タンパク質を多めに取った朝食を食べる。


支度を済ませ、仕事へ向かう準備をしていた。


私にとっては、普段とそれほど変わらない朝だった。



そこへ、台湾に住む友人のココロちゃんからメッセージが届いた。

「生まれた」


その言葉と一緒に、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が送られてきた。


とてもかわいらしい赤ちゃんだった。


写真を見ただけでは男の子か女の子かわからなかったので、聞いてみた。

男の子だという。



先日、ココロちゃんのInstagramで「妊娠38週目」という投稿を偶然見つけた。

久しぶりに連絡をすると、出産は翌日だという返事が届いた。


その時、彼女は、

「生まれたら写真を送るね」

と軽やかに言っていた。


けれど、出産という大仕事を終えた直後である。

落ち着いてから送ってくれるのだろうと思っていた。


まさか、本当に生まれたばかりの写真が届くとは思わなかった。



彼女は続けて、

「めちゃくちゃ疲れた」

と書いた。


そして英語で、


「It's fucking hard」


と送ってきた。


確かに、そうなのだろう。

少なくとも私は、出産を経験することはできない。


どれほど痛く、どれほど苦しく、どれほど身体を消耗するものなのか、本当のところはわからない。


それでも、普段から行動力があり、かなりタフな彼女がそう言うのだから、これまで経験したことのないほど大変な時間だったのだと思う。



「生まれたら写真を送るね」


そして出産後の、


「It's fucking hard」


その二つの言葉が並んでいるのが、いかにも彼女らしかった。

大変だったことを取り繕わない。


美しい言葉に置き換えようともしない。


つらかったものは、つらかった。


その上で、生まれたばかりの子どもの写真を、すぐに送ってくれた。



少し不思議な気持ちになった。

私はいつもの朝を過ごしていた。


その日常の中へ突然、台湾で生まれたばかりの赤ちゃんの写真が届いた。

少し前まで、この世界にはいなかった人である。


その子の人生が始まった瞬間のすぐ近くに、メッセージを通して触れたような気がした。



考えてみると、生まれた直後の赤ちゃんの写真を送ってもらった経験は、ほとんどない。

普通は、母子ともに落ち着いてから家族や友人へ知らせるものだろう。


出産を終えたばかりの時に、遠く離れた日本にいる私のことを思い出し、写真を送ってくれた。


そのことが、素直に嬉しかった。



今の私たちは、住んでいる国も、毎日の生活も違う。

彼女は台湾で起業し、家庭を築き、母親になった。


私は日本で施術をし、研修を続け、タンゴを踊っている。

日常の中で重なるものは、ほとんどない。


連絡を取らないまま、長い時間が過ぎることもある。



それでも以前、台北で四日間を一緒に過ごした。


毎日食事をした。

タンゴを踊った。


結婚や仕事、これからの人生について、二人でずいぶん話した。


その時に共有した時間が、今もどこかに残っている。


だから彼女は、出産の直後に写真を送ってくれた。


そして私は、遠く離れた台湾で始まった新しい人生を見ることができた。



人との関係は、いつも連絡を取り続けなければ消えてしまうものではないのかもしれない。


一緒に過ごした時間が確かにあれば、何年か離れていても、突然また同じ時間の中へ戻ることがある。


一枚の写真。

短いメッセージ。

それだけで、離れていた時間がつながる。



台湾で、一人の子どもが生まれた。


その母親は、

「It's fucking hard」

と言っていた。


私は千葉で、仕事へ向かう準備をしながら、その写真を見ていた。


そして、ふと思った。


人生も、なかなか悪くない。

そんな祝日の朝だった。

 
 
 

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