ほんの少し早く、千葉を出た
- Admin
- 14 分前
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八月十三日、千葉に激しい雨が降った。
その雨は、私たちが普段暮らしている地域にも、大きな被害をもたらした。
私たちは、雨が本格的に強くなる少し前に千葉を出ていた。
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その日は迎え盆だった。
朝、家族でお墓参りへ行った。
家へ戻ると、隣のお寺からお坊さんが来て、お経を読んでくださった。
その後、妻の姉夫婦も到着した。
今度は私の車に全員を乗せ、もう一度、家族のお墓へ向かった。
お参りを終えると、皆で昼食を食べ、家へ戻った。
そこまでは、毎年のお盆と変わらない一日だった。
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午後二時を過ぎた頃、妻と私は車で東京へ向かった。
今になって考えると、それが千葉から東京へ抜けられる、ぎりぎりの時間だったのかもしれない。
妻の姉夫婦は埼玉に住んでいる。
雨がさらにひどくなる前に帰ろうと、午後四時過ぎに家を出た。
ところが、その時にはすでに高速道路が通行止めになっていた。
一般道で帰るしかなく、埼玉の自宅まで四時間半ほどかかったという。
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同じ千葉県内に住む妻の妹の家族も、大雨に巻き込まれた。
子どもを迎えに学校へ車で向かったあと、道路の状況が悪化した。
結局、近所の駐車場から動くことができず、五時間ほど足止めされたという。
ほんの数時間の違いで、移動できた人と、動けなくなった人がいた。
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その頃、私たちはすでに東京を抜け、神奈川へ向かっていた。
以前から気になっていた町田の馬肉料理店で、妻と友人の三人で夕食をとった。
いずれ家族も連れていきたいと思っていたが、まだ自分たちも行ったことのない店である。
まずは下見のつもりで食べに行った。
話が弾み、店を出たのは午後九時過ぎだった。
翌朝は八時頃に母を迎えに行かなければならなかったので、その夜は早めに休んだ。
千葉で何が起きているのか、私たちはまだ十分にわかっていなかった。
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翌朝、母を迎えに行き、午前中を病院で過ごした。
午後、母と一緒に家へ戻り、ニュースを見た。
そこで初めて、前夜の雨が残した被害の大きさを知った。
道路が冠水している。
車が水に浸かっている。
建物の中まで水が入っている。
私たちが暮らす酒々井の近隣や、佐倉でも、大きな被害が出ていた。
人的被害も伝えられていた。
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個人的にショックだったのは、週に三、四回通っている日帰り温泉が、設備の故障によって当面休業すると知ったことだった。
もちろん、温泉へ行けないことなど、家や車を失った方々の被害とは比べられない。
それでも、自分の生活の一部になっていた場所まで被害を受けたことで、今回の雨が急に身近なものになった。
ニュースの中で起きている災害ではない。
自分が毎日暮らしている生活圏で起きたことなのだ。
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幸い、わが家には大きな被害がなかった。
リフォームする前は雨漏りをしていたが、工事を終えてからは、それもなくなった。
今回の大雨でも、家の中に水が入ることはなかった。
ただ、一人で家にいたお義父さんによると、短い時間ではあるが停電したという。
印旛沼や周辺河川の水位についても、引き続き注意が必要だという情報が流れていた。
被害の全体像は、まだ見えていなかった。
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この地域では、車がなければ生活が難しい。
買い物へ行く。
家族を迎えに行く。
病院へ行く。
どこへ行くにも車を使う。
どの道を避けるのか。
どこへ車を止めるのか。
車内に閉じ込められた時、どう脱出するのか。
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そして今朝、隣に住む親戚が訪ねてきた。
飼っている猫を見なかったかと、お義父さんに尋ねていた。
私は朝の支度で忙しく、そのまま二人の会話を聞いていた。
しばらくして、お義父さんに聞いた。
「猫、いなくなったんですか」
すると、お義父さんは答えた。
「ああ、俺が見つけた。俺のガレージにいた」
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あの雨の中で、猫まで行方不明になったのかと心配した。
けれど、無事に見つかっていた。
もちろん、一匹の猫が見つかったからといって、今回の被害のすべてが救われるわけではない。
亡くなった方もいる。
今も後片づけや復旧に追われている方がいる。
それでも、身近な小さな命が無事だったことに、少しだけ安心した。
ほんの少し早く、私たちは千葉を出た。
そして帰る家も、家族も、猫も無事だった。
※災害情報は更新が続いています。最新の避難情報や道路・河川の状況は、[千葉県防災ポータルサイト](https://www.bousai.pref.chiba.lg.jp/)をご確認ください。



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