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タンゴが教えてくれた、教えることの難しさ──カラダナオル誕生秘話⑫

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 6月14日
  • 読了時間: 3分


私はアルゼンチンタンゴを始めて、もう15年になる。


きっかけは、夫婦でアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ移住したことだった。


当時の目的は、二つ。


スペイン語の習得と、アルゼンチンタンゴの習得。


スペイン語は毎日5時間勉強し、2年も経つ頃には、ネイティブ並みに話せるようになった。


だが、問題はタンゴだった。


いくら踊っても、上手くなる感覚がない。


本当に、途方に暮れていた。



最初の先生は、ステラ先生というアルゼンチン人女性だった。


今に至るまで、彼女は最高の先生だと思っている。


ステラ先生のすごいところは、上達の遅い生徒を、決して見離さなかったことだ。


音楽に沿って、リズムに沿って踊ること。


その大切さを、何度も何度も叩き込んでくれた。


その甲斐あって、1年半ほど経つ頃には、ミロンガに行けるようになった。


ミロンガとは、アルゼンチンタンゴのパーティーのことだ。


ブエノスアイレスでは、毎日のように開かれている。


最初は恐々(こわごわ)行っていた。


だが慣れてくると、たくさんの人と知り合い、本当に楽しい時間になった。


今思えば、タンゴを始めて4、5年が、ミロンガを一番楽しめた時期だったと思う。



そのころは、手当たり次第に誘って踊っていた。


数をこなせば上手くなる、と思っていた。


だが、目測は外れた。


グループレッスンにも、プライベートレッスンにも、数多く通った。


費用対効果で言えば、本当に効率は悪かった。


結局、上手くなるには「体幹を使って動く」ということを、根本から理解するしかなかった。


そこに辿り着くまで、多くの時間とお金がかかった。


だが、人生に回り道はつきものだ。



タンゴを通じて、思い知ったことがある。


何かを習得するというのは、本当に時間がかかる、ということだ。


逆に言えば、だからこそ面白い。


外国語については、私は学びのフォーマットを持っている。


だからフランス語でも、イタリア語でも、アラビア語でも、ある程度は再現できる自信がある。


だが、そのフォーマットが見つからない分野では、人は驚くほど遠回りをする。


クラシックバレエやジャズダンス、フラメンコのような踊りには、ある程度の理論があり、先生がそれを示してくれる。


しかし、タンゴは違う。


まだまだ、属人的な世界だ。



世界的に有名なタンゴダンサーにも、たくさん習った。


けれど、私にとって得るものが最も大きかったのは、最初のステラ先生だった。


ダンサーとしての資質と、先生としての資質は、まったく別のものだ。


そして、多くの人がその違いに無自覚だ。



人に何かを教えるというのは、本当に難しい。


私自身、今はタンゴを教え、カラダナオルの施術と哲学を伝えている。


だからこそ、なおさらそう思う。


幸い、数多くの研修の中で、とことん「教える」ということに向き合ってきた。


だから今は、教えることが本当に楽しい。


できなかったことが、できるようになる。


わからなかったことが、わかるようになる。


その瞬間に立ち会えるのは、本当に幸せなことだ。



そして、この道に終わりはない。


日々成長し、お互いに切磋琢磨し、また新しい学びに出会う。


タンゴもそう。


施術もそう。


教えることも、そう。


人生をかけて向き合えるものに出会えた。


それだけで、もう十分に幸運なのだと思う。





 
 
 

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