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古い着物たち-磯江さんシリーズ③

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 6月12日
  • 読了時間: 3分

北海道の北見市にお住まいの磯江さんは、2021年10月からカラダナオルに通ってくださっている。

振り返ってみると、本当にありがたいご縁だと思う。


最初の一年間は、ほぼ隔週で北海道から目黒まで来られていた。

その後も月に一度のペースで通い続けてくださっている。

距離だけを考えても、簡単なことではない。



当時の予約フォームを見返してみると、様々な症状が並んでいる。


「立っても座ってもいられないめまい」

「微小血管狭心症」

「慢性前立腺炎」

「腰痛」

「首こり」

などなど。


ところが、一年ほど経った頃から、そのような症状の記載はほとんど見られなくなった。

最近はほぼメンテナンス目的で来られている。


もちろん、その変化は私一人の力ではない。

ご本人の前向きな姿勢。

継続する力。

そして私への信頼。

そういったものが積み重なった結果なのだと思う。

健康であることは、何ものにも代えがたい。



磯江さんの素晴らしいところは、回復して終わりではなかったことだ。

多くの人は「治される側」で終わる。


だが磯江さんは違った。


ご自身も研修会に参加し続け、どんどん進化し、今では「治される側」から「治す側」へと歩み始めている。


後にも先にも、これほど大きな変化を遂げた方は、なかなか思い浮かばない。

科学者でもある磯江さんは、見えない世界を体験する中で、ご自身の価値観そのものも変化していったのだろうと思う。



実は磯江さんの身体を通して、私自身も様々な体験をしてきた。


ある日の施術中だった。

ふと、

古い着物たち

という感覚がやってきた。


着物ではない。

古い着物たち。

それも複数形だった。


私は思わず、

「最近、着物を着た方と会いましたか?」

と尋ねた。


すると磯江さんは、

「いや、着物を着た人とは会っていません。ただ、最近、米沢の武者道には行きました」

と答えた。



武者道。

米沢に残る、下級武士だけが通ったと言われる道だ。


米沢藩は、もともと会津百二十万石。

しかし関ヶ原ののち三十万石へ減封され、さらに三代目藩主が世継ぎを定めぬまま急逝したことで、十五万石へと減らされた。


それでも家臣たちは藩を離れなかった。

藩主もまた家臣を切らなかった。


結果として、同規模の藩と比べても異例なほど多くの家臣を抱え続けたと言われている。

その歴史を知った時、私は妙に納得した。

忠義。

執念。

覚悟。

そういったものが、あの土地には長く積み重なっていたのかもしれない。



もちろん、証明できる話ではない。

単なる偶然かもしれない。


だが冷静に考えると、現代に「古い着物たち」など存在しない。


それなのに、その言葉が自然と出てきた。

私自身にとっても不思議な体験だった。


ただ、その後、その感覚は処理され、静かに消えていった。


人だったのか。

場所だったのか。

記憶だったのか。

それはわからない。


しかし、執念や執着のようなものは、時代を越えて残ることがある。

そんな気がしている。



日本には、そうした歴史の積み重なった場所がいくつもある。

米沢の武者道も、その一つなのかもしれない

だからといって、怖がる必要はない。


もし行って気分が悪くなれば、整えればいい。

不要なものは手放せばいい。


解放すればいい。

自分自身が整い続ける限り、必要以上に恐れることはない。



人は自由に行動し、

好きな場所へ行き、

好きなことをして生きる。


それが一番だと思う。

結局のところ、それが幸せに生き続ける秘訣なのだろう。


だから今日も私は、目に見えないものに耳を澄ませながら、目黒で目の前の人の身体と向き合っている。



 
 
 

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