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学び続けて、自分に戻る

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 11 時間前
  • 読了時間: 4分

昨日は午前中、山形からお客様がお見えになった。


午後には、ハワイに住んでいる方がお越しになった。

年に一度、日本へ帰国する時期に合わせて来てくださっている。

お二人とも、以前、私の研修を受けてくださった方である。


身体について共通の言葉があるので、自然と話も弾んだ。



よく考えてみると、日本全国、さまざまな場所からお客様が来てくださる。

北海道の北見から、毎月のように通ってくださる方もいる。


あまりにも当然のようにお見えになるので、普段はその距離を忘れてしまう。


けれど、北見から東京までは、決して近くない。

飛行機に乗り、時間を使い、毎月来てくださる。


あらためて考えると、本当にありがたいことである。



ハワイ。

ロサンゼルス。

ウィーン。

イギリス。


海外から一時帰国する時に、立ち寄ってくださる方もいる。


以前、表参道にあるフランス語学校の校長先生が施術を気に入ってくださり、その学校の生徒さんが次々に来てくださったこともあった。


人が人を紹介する。


一人との出会いから、まだ会ったことのない人との関係が始まる。

これも縁というものなのだろう。



現在、私は施術にほとんど道具を使わない。


指や手のひらで身体に触れる。

それだけで終わることもある。


それでも時々、こちらが驚くほど大きな反応を見せる身体がある。


私が何かを起こしているというより、その人の身体が何かに気づき、自分で反応しているように見える。


何度経験しても、不思議なものだと思う。



ここへ来るまでには、ずいぶん長い時間がかかった。


身体に関わる仕事を始めた頃は、自分のやり方に自信がなかった。


さまざまな施術を受けた。

整体やマッサージにも通った。


身体について教えている人がいると聞けば、実際に会いに行った。


何を使えばいいのか。

どの方法が正しいのか。


外にある答えを、ずっと探していたのだと思う。



もちろん、今でも学ぶ気持ちを失ったわけではない。

知らないことは、まだいくらでもある。


けれど、誰かの方法をそのまま再現することと、自分の道を深めることは違う。

学んだものを一度、自分の身体に通す。


実際の施術で確かめる。

必要のないものは手放す。

残ったものを、さらに深く見ていく。


今は、その繰り返しでよいのだと思っている。



タンゴの世界チャンピオンとなったディエゴとアルダナも、自分たちにしかできない踊りを追求している。


誰かの踊りを再現するのではない。


自分たちの身体。

二人の関係。

音楽の捉え方。


それらを、とことん突き詰めている。


プロになるということは、誰かと同じことができるようになることではないのかもしれない。


自分にしかできないものを、どこまで深められるか。


そこに、プロとしての在り方が現れる。



カラダナオルの施術は、タンゴのように人前で表現するものではない。


けれど、ある意味では一つのアートだと思っている。


同じ身体は、一つとしてない。

同じ人でも、昨日と今日では違う。


決められた手順を繰り返せば、同じ結果が出るわけでもない。


目の前の身体を感じ、その時に必要なことを選ぶ。


施術する人と受ける人の間で、何かが生まれる。


その点では、タンゴと少し似ている。



人は、

「あれがいい」

「これが効く」

という言葉に引かれる。


施術。

食事療法。

栄養学。

サプリメント。


新しい道具や方法には、わかりやすい魅力がある。

それ自体が悪いわけではない。


けれど、それだけを信じてしまうのは危険だと思う。

誰かにとってよいものが、自分にもよいとは限らない。



何を使うのか。

何をするのか。

それより前に、自分はどう在りたいのか。


それを忘れないことが大切なのだと思う。


外にある答えをそのまま信じるのではなく、自分にとって本当に必要なのかを確かめる。


自分の身体で感じる。

自分の目で判断する。



以前の私は、何かを増やすことで施術がよくなると思っていた。


今は、少し違う。

必要のないものを減らす。


借りてきた答えを手放す。


その上で、目の前の身体と向き合う。


道具を手放したあとに残るもの。

それは、施術する人の在り方なのだと思う。

 
 
 

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