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母を病院へ連れて行く日

  • 執筆者の写真: Admin
    Admin
  • 6月10日
  • 読了時間: 3分


今日は母を病院へ連れて行った。


去年の七月、肺に水が溜まって緊急入院してから、もうすぐ一年になる。 それ以来、ほぼ毎月、大学病院へ通っている。


あの夜のことは、今でもよく覚えている。


ちょうど、妻とカナダへ発つ三日前だった。


深夜十一時過ぎ、留守電に母からの着信があった。 こんな時間にかけてくる人ではない。 何かあったと思い、慌ててかけ直した。


電話がつながると、「死ぬ、息ができない、苦しい」と、途切れ途切れの声が聞こえた。


とにかく息を吸うように伝えながら、家族に連絡をとり、救急車を呼んでもらった。 そうして、なんとか一命を取り留めた。


あのまま亡くなっていても、不思議ではなかった。


もし、私たちがカナダへ発った後だったら、もう間に合わなかったかもしれない。 人の運命というのは、本当に紙一重だと思う。


それが奇跡的に息を吹き返して、今こうして一緒に病院へ通えている。 まずは、そのことに感謝している。



心不全の数値は、ここ三ヶ月ほど安定している。


当初は六種類あった薬が、今は四種類まで減った。


今日はさらに一種類、減量になった。

薬のことは、会うたびに母の身体を診てきた私の見立てを、主治医がよく聞いてくれている。


こちらの感じていることを丁寧に汲んで、少しずつ減らしていく方向で進めてくれる。 ありがたいことだと思う。


顔色もいい。 むくみもない。 息切れもない。 数字だけ見れば、順調だ。

ところが、一つだけ問題がある。 立っていることができない。


薬を飲み始めてから心不全の数値は良くなった。 その一方で、歩行はむしろ困難になっている。 医師から見ても大きな問題は見当たらないのに、立てない。 謎の症状だ。



会うたびに施術はしている。 毎日、遠隔も続けている。 できる限りのことはしているつもりだ。 それでも、劇的な改善には至らない。 やはり、毎日飲む薬の影響は大きいのだろう。


ただ、不思議なことに、七、八年前にも同じようなことがあった。 その時も歩くのが大変になったが、何度も施術を続けるうちに、気がつけば自然と良くなっていた。


今回も同じようになるのか。 それとも、違う道をたどるのか。 それは、まだわからない。



時々思う。 自分の母親一人治せないのに、「カラダナオル」などと名乗っていていいのだろうか、と。


これまで、たくさんの方の身体が変わる場面を見てきた。 人間の持つ力は、本当に計り知れない。 けれど同時に、何事にも限界があることも知っている。


人は万能ではない。 私も、万能ではない。 だから今日も、できることを一つずつやるしかない。



去年の七月を思えば、今こうして母と病院へ行き、帰りに少し話をして、一緒に時間を過ごせること自体が、ありがたい。


あのとき以来、これは余生だと思っている。 だから、生きていてくれること、それだけでいい。


未来のことは、誰にもわからない。 歩けるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。


それでも、生きている。 生きていれば、いいことはある。


そう思いながら、今日も一日を終えたい。

 
 
 

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