誰よりも長く生きるという野望
- Admin
- 6月30日
- 読了時間: 3分

昨日、東京へ向かう車の中で、妻が中村うさぎさんのYouTubeの話を始めた。
中村うさぎさんは、これまでいろいろな病気をされてきた方だ。
一度、倒れて意識を失い、そのまま命を落としてもおかしくないような経験もされているらしい。
そのYouTubeで、終活についての相談があったという。
終活を始めようと思って、終活ノートを買った。
けれど、いざ書こうとしたら、死に対する恐怖で身体が固まってしまった。
結局、書き進めることができなかった。
そういう相談だった。
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それに対して、中村うさぎさんは、自分には死に対する恐怖や執着があまりない、というような話をされていたらしい。
一度、意識を失って倒れた時も、気がついた時に、
「なぜ死ななかったんだろう」
と思ったという。
たしかに、考え方によっては、それは理想的な死に方なのかもしれない。
長く寝たきりになるわけでもない。
延々と苦しむわけでもない。
ふっと意識がなくなり、そのまま向こうへ行く。
妻も、それにはかなり同意していた。
そして、私も少しわかる気がした。
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私自身も、死そのものに対する恐怖はあまりない。
家族の死もあった。
お客様の死に触れることもある。
仕事柄、身体を見ていると、生きることと死ぬことは、どこかでいつも隣にある。
だからといって、死に慣れるわけではない。
悲しくないわけでもない。
ただ、死そのものを、必要以上に遠ざけようとは思わない。
そして、生に対しても、強い執着があるわけではない。
いつまでも若くいたい。
何が何でも長生きしたい。
そういう気持ちは、正直あまりなかった。
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けれど最近、少し考えが変わってきた。
私の存在を、どこかで宛にしてくれている人たちがいる。
カラダナオルがある。
ここに来れば、何とかなるかもしれない。
そう思ってくれている人がいる。
実際に、
「ここがあると思うだけで心強いです」
と言われることがある。
そう言われると、簡単には死ねないなと思う。
生に執着はない。
けれど、誰よりも長く生きたい。
最近、そんな少し変な野望が出てきた。
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身の回りの人たち。
気にかけている人たち。
ご縁のあるお客様たち。
できることなら、その人たち全員を見届けたい。
最後まで元気でいてほしい。
痛みなく、苦しみ少なく、その人らしく生きてほしい。
そのために、自分の身体も整えておきたい。
健康長寿という言葉は、少し大げさに聞こえる。
けれど、今の私にとっては、かなり切実なテーマになっている。
長く生きたい。
ただ自分のためではなく。
できるだけ長く、誰かの健康を支えられる身体でいたい。
そう思うようになった。



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