家かよ、と思った
- Admin
- 4 日前
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今日は朝から、妻が友人と東京へミュージカルを観に出かけた。
つまるところ、今日はお義父さんと私の二人きりである。
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実は昨日も、妻は東京で仕事だった。
私は休みだったので、朝から近所の日帰り温泉へ行った。
仕事をする。
本を読む。
温泉に浸かる。
また少し仕事をする。
結局、妻が帰ってきた夜九時過ぎまで、ほとんど一日をそこで過ごした。
リラックスするためでもあったが、お義父さんと二人きりで家にいることを、なんとなく避けたかったのかもしれない。
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さすがに、二日続けて朝から温泉へ逃げるわけにもいかない。
今日は、たまっていた洗濯物を片づけ、歩いて近所のスーパーへ買い物に行った。
昼は、そうめんにしようと思った。
ネットで見かけた方法を参考に、鶏もも肉を耐熱袋に入れて湯煎し、蒸し鶏も作ってみた。
そうめんだけではタンパク質が足りないと、AI先生に叱られそうだからである。
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リビングには、大きなホワイトボードがある。
そこには、お義父さんの予定が書かれている。
今日の欄を見ると、
「午前九時 少年野球決勝戦」
とあった。
ライオンズクラブ関係のイベントらしい。
「今日は、少年野球のイベントなんですか」
私が聞くと、お義父さんはホワイトボードを見て、あらためて時間を確認した。
続けて、
「お昼ご飯は、どうするんですか」
と聞いてみた。
すると、お義父さんは、
「家で食べるよ」
と答えた。
私は心の中で、
「家かよ」
と思った。
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すかさず、妻は友人とミュージカルへ行き、昼も夜も家にいないことを伝えた。
お義父さんは、特に興味もなさそうに、
「ああ」
と答えただけだった。
おそらく今日は、昼と夜の二食を私が作ることになる。
一年に何度かある、お義父さんと二人きりの日である。
いつまでも逃げ回っていても仕方がない。
こういう時こそ、平常心なのだろう。
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もちろん私が、
「昼はいりません」
「夜は外で食べます」
と言えば、お義父さんは自分で何か食べる。
それで特に困ることもない。
それでも、なかなかそうは言いにくい。
一緒に暮らしているのに、それぞれが勝手に食べるのも、どこか不自然な気がする。
かといって、
「今日は何を食べたいですか」
と積極的に聞けるほど、距離が近いわけでもない。
その微妙な距離を保ちながら、私たちはもう一年以上、一緒に暮らしている。
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この先、関係が急に深まることは、おそらくない。
会話が劇的に増えることもないだろう。
そのことを妻に話すと、
「変わらなければいいよね」
と言った。
「どういう意味?」
と聞くと、
「ボケたら大変じゃん」
と返ってきた。
確かに、その通りである。
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お義父さんは、自分も認知症になるのではないかと心配している。
お義父さんの父親が、十五年ほど認知症を患っていたからだ。
そのため、毎日のようにナンプレやクロスワードをしている。
自分なりに、認知機能を保とうと努力しているのだと思う。
個人的には、問題を解くだけでなく、家族や友人と話す時間も、同じくらい大切なのではないかと思っている。
とはいえ、私がお義父さんとの会話を避けて温泉へ行っていたのだから、あまり偉そうなことは言えない。
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お義父さんは、この土地で生まれ、この土地で育った。
幼なじみや、長く付き合っている友人もいる。
ライオンズクラブの活動にも参加している。
今日も、その関係で少年野球のイベントへ出かけていった。
予定がある。
会う人がいる。
自分の役割がある。
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千葉へ引っ越してから、私たちの生活も少しずつ落ち着いてきた。
関係が深まったというより、それぞれの距離が定まってきたのかもしれない。
無理に仲良くしようとしない。
必要な時には声をかける。
同じ家で、それぞれの時間を過ごす。
時々、二人きりで昼ご飯を食べる。
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お義父さんが認知症にならず、できるだけ長く健康でいてくれる。
ホワイトボードに自分の予定を書き、ライオンズクラブの活動へ出かけ、
「昼は家で食べるよ」
と言って帰ってくる。
それだけでも、十分ありがたい。
さて、そろそろそうめんを茹でよう。



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