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「だから何?」という核弾頭
今日、ふと思った。 「だから何?」という言葉は、核弾頭なのではないかと。 例えば、あなたが今、一番情熱を注いでいることがあるとする。 仕事でもいい。趣味でもいい。 人生をかけた夢でもいい。 友人やパートナー、仕事仲間に向かって、そのことを熱く語る。 なぜそれをやろうと思ったのか。 どんな未来を目指しているのか。 どれだけ苦労してきたのか。 そうしてひとしきり話したあと、相手が一言こう言う。 「だから何?」 これだけで、人間関係は終わる。 少なくとも、その瞬間に、心のどこかは焼け野原になる。 もちろん、本人に悪気はないのかもしれない。 論理的な人なら、「結局、何が言いたいの?」という意味で使っただけ、ということもあるだろう。 けれど言葉は、発した側ではなく、受け取った側で意味が決まる。 だから私は、人前で話すときや文章を書くとき、できるだけ言葉の定義を意識する。 この言葉を、どんな意味で、どんな意図で使うのか。 それでも、誤解はなくならない。 というより、言葉という性質上、誤解は避けられない。 だから人は、言葉では伝えきれないものを表現するために、
Admin
6月2日読了時間: 2分


カラダナオル誕生秘話⑤── 病気を見ているのではない。その人を見ている。
カラダナオル代表の松岡祐紀です。3,000人以上の身体を見続けてきた整体師として、最近改めて考えていることを書きます。 よく人から、 「癌は治せますか?」 「白血病は治せますか?」 と聞かれることがある。 そのたびに思う。 私は病気を見ているのではない。 人を見ているのだと。 ⸻ 症状だけでは、何もわからない 同じ病名でも、同じ状態の人は一人もいない。 その人がどんな人生を歩み、 どんな環境にいて、 どんな人間関係の中で生きているのか。 実際に会ってみないことには、何もわからない。 だから私は、 「その症状は治せますか?」 という質問には、正直、答えようがない。 なぜなら、見るべきなのは症状ではなく、その人だからだ。 ⸻ 医学的には説明のつかない変化 骨折は、医学的にはすぐには治らない。 それは私も理解している。 しかし実際に、松葉杖なしでは歩けなかった方が、施術後、不要になった松葉杖を抱えて帰られたことがある。 肩の腱を断裂し、腕が上がらなかった方が、その場で腕を上げられるようになったこともある。 もちろん、それが全員に起きるわけではない。
Admin
5月30日読了時間: 3分


銀座の焼肉と、退屈な自由について
今日の夜、銀座でセルヒオと焼肉を食べにいく。 より正確に言うと、焼肉をご馳走になりにいく。 セルヒオは年に一度くらいのペースでメキシコから日本へやって来る。そして毎回のように、美味しいものをご馳走してくれる。 彼とはもう十年以上の付き合いになる。 最初に出会ったのは、私がメキシコシティに住んでいた頃だ。 当時は今ほど親しかったわけではない。ただ、会えばよく話をしたし、二人でバーへ飲みに行ったこともある。 どちらかと言えば、ゆっくりと時間をかけて友人になっていった関係だ。 当時、私にはアビマエルという親友がいた。 ある日、彼が少し自嘲気味にこんなことを言った。 「メキシコの金持ちはね、親も金持ちなんだよ」 メキシコには相続税がない。 そのため、一族が築いた資産がそのまま子や孫へと受け継がれていく。 セルヒオもその例外ではない。 親から受け継いだ資産があるので、生活のために働く必要がない。 だから彼はいつも世界中を旅している。 美味しいものを食べ、美味しいワインを飲み、好きな時に飛行機に乗り、好きな国へ行く。 多くの人が羨ましいと思うだろう。...
Admin
5月29日読了時間: 3分


「与えすぎる人」の話ーカラダナオル誕生秘話5
アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスにまだ住んでいた頃のことだ。 当時、「カウチサーフィン」というサービスを見つけた。 空いているソファや部屋を旅行者に提供し、自分が海外へ行った時には、今度は誰かに泊めてもらう。 まだAirbnbがここまで一般化する前の、どこか牧歌的で、理想主義的な空気をまとったサービスだった。 その発想が面白いと思った私は、早速、自宅を開放することにした。 久しぶりに当時のブログを読み返してみた。 2012年1月の記事だから、もう14年近く前になる。 それでも、不思議なほど鮮明に覚えている。 ⸻ 最初に泊まりに来たのは、オランダ人のルーカスくんだった……と、ずっと思っていた。 だが、調べてみると実際の第一号は、ドイツ人のカトリンさんという女性だったらしい。 ところが、彼女のことはほとんど記憶に残っていない。 今思えば、それはたぶん「何の問題もなかった」ということなのだろう。 日本に住んでいた経験もあったようで、日本語も多少話せたらしい。 妻とのコミュニケーションも自然だったのだと思う。 良い関係というのは、案外、記憶に強く残ら
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5月28日読了時間: 3分


カラダナオル誕生秘話(4)── 5年続けてきた研修会で学んだこと
カラダナオル代表・松岡祐紀。兵庫県から来訪された70代のお客様との出会いを通じて、施術者として何を大切にしているかを書きました。「治せばいい」という傲慢から、フラットな関係性へ。5年続けた研修会が教えてくれたこと。 兵庫県から、お母様を伴って 昨日は、兵庫県からお客様がお見えになった。 先週初めてズームセッションをご予約いただき、その結果にご満足されたので、今回はお母様を伴ってお越しいただいた。 70代後半のお母様は、足元が覚束なくなり、2度転倒されてしまったとのことだった。 背中にもボルトが入り、股関節にも金属が入っているとのことで、満身創痍な状態だったが、顔色は良く、元気そうだった。 施術をし、姿勢についても色々とアドバイスをして、娘様にも同様なアドバイスをして施術をした。 帰り際になって、お母様が、 「来て良かった」 とおっしゃってくださった。 これは本当に、施術者冥利に尽きる。 5年続けてきた研修会のおかげ それは、毎月1回開催している、コアなメンバーが集まる「継続の研修会」のおかげもあると思っている。 毎月、多少の入れ替えがありながら、
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5月27日読了時間: 4分


「教える」ということ──15年踊って気づいたこと|カラダナオル誕生秘話(3)
京都在住のタンゴ好きの女性から、 「ディエゴ&アルダナのテクニックを教えてほしい」 と以前から言われていたので、先日それを教えた。 ディエゴ&アルダナというのは、今や世界で最も人気のあるタンゴダンサーと言っても過言ではない存在だ。 2025年の世界タンゴ選手権優勝者でもある彼らは、世界中をツアーで回っている。 ただ、彼らのスタジオは東京・祐天寺にある。 以前は彼らのスタジオに歩いて行ける中目黒に住んでいたし、また彼らがそこにスタジオを構える以前から、レッスンに通っている。 すでに10年近くになる。 超一流ダンサーですら、彼らの踊りを研究し、真似するほど圧倒的な存在だ。 そのテクニックを、今、自分はタンゴ仲間に無料で教えている。 無料どころか、借りているスタジオ代は折半なので、むしろ身銭を切っている。 ただ、「教える」ということは、やはり尊い。 教えた相手がどんどん上達していく姿を見るのは、本当に楽しい。 それはお金とは別の喜びだと思う。 仕事でも同じだ。 カラダナオルの研修会では、自分が培ってきた哲学や技術を、かなり細かく共有している。 以前、.
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5月26日読了時間: 3分


カラダナオル誕生秘話(2)──京都、嵐山、そして父という人について
カラダナオル代表の松岡祐紀です。前回の記事「『無私の心を持っている』──カラダナオル誕生秘話(1)」では、20代の頃に出会った苛烈な整体師の話を書きました。今回はその先、私の家族の話、特に父について書いてみたいと思います。 京都の嵐山に生まれて 出身地を訊かれて、「京都の嵐山」と答えると、たいてい羨ましがられる。 ただ、実際住むと京都は盆地なので夏は蒸し暑く、冬は底冷えする。それほど住み心地がいい土地ではない。 今でこそ世界的な観光地となったが、自分が生まれた50年ほど前は、本当に田舎だった。 東京育ちの母と、京都への嫌悪 だから東京で何不自由なく育った母は、京都を忌み嫌っていた。 「京都の水はまずい。」 「京都の店は美味しくない。」 「京都人は本当にズケズケくる。」 などとよく文句を言っていた。それほどの罵詈雑言を京都に対して言っているのを聞いていたが、個人的には好きな土地ではある。 母は東京の永福町の裕福な家で生まれ、お嬢様育ちだったので、結婚を機に京都に引っ越したのがまず気に入らなかった。 私が14歳まで京都に住み続け、姉が高校に入るタイミ
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5月25日読了時間: 4分


カラダナオル誕生秘話(1)──「触らずに治す」師との出会い、そして父の話
この世界に入ったきっかけを、時々聞かれる。 あれはまだ20代の頃だった。 ロンドンから帰国した私は、「フリーランスフォトグラファー」などという肩書きを名乗ってはいたものの、実際にはそれほど仕事があるわけでもなく、かなり暇を持て余していた。 そんな時、母が見つけてきた整体の先生の講習会へ、よく通うようになった。 その先生は、もともとは普通の整体師だった。 しかし、気づけば、 「触らなくても治せる」「遠隔でも変化する」 という方向へ、どんどん進んでいった。 だから、まだロンドンに住んでいた頃も何度かお世話になったことがある。 特に腰痛がひどかった時、一回の電話しただけでで痛みが消えた時は本当に驚いた。 自分自身が体験してしまうと、完全には否定できない。 今、カラダナオルへ通ってくださっている方々も、きっと同じなのだと思う。 理屈では説明しきれないが、身体が変わってしまう。 だから来る。 その気持ちは、よく分かる。 ただ、その先生はかなり極端な人だった。 もはや「エネルギー絶対主義者」と言っていいくらい苛烈だった。 カップルで来ている人たちに向かって、
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5月24日読了時間: 3分


「女性が背中に乗っている感じがした」フレンチシェフの話
今日、久しぶりにお越しいただいた常連のお客様との会話の中で、ふと思い出した方がいる。 「あの西麻布のフレンチシェフの方は、お元気ですか?」 そう聞いてみると、 「ものすごく元気です。」 と返事が返ってきた。 それを聞いて、とても嬉しくなった。 その方は結局、一度しかサロンには来られなかった。 しかし、今でも強く印象に残っている。 最初に目黒のサロンのドアを開けた瞬間から、妙な違和感があった。 よく集中してみると、女性が背中におぶさっているような感覚がある。 しかも、両手でその方の首にしがみついているような感じだった。 もちろん、初対面のお客様にそんなことを言うわけにはいかない。 だから黙っていた。 ただ、事前に主訴として「首のむち打ち」と聞いていたので、自分でも、 「その情報に引っ張られて、そう感じただけかもしれない」 とは思っていた。 施術が始まり、いつものように身体全体を整えていく。 すると、驚くほどあっさりと首の痛みが消えた。 しかも、ほとんど首には触れていない。 不思議そうな顔をしたそのお客様が、 「原因は何だったんですか?」 と聞いてき
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5月23日読了時間: 3分


「なんかすごい電気ですね」と言ってしまった話
この仕事を始めて、まだそれほど経っていなかった頃の話だ。 もう8年ほど前になるだろうか。 まだその頃は、今のようにピンポイントで何かを感じ取ることはそれほど多くなかった。ただ、それでも時々、「何か妙に気になる人」がいることはあった。 その日来られたのは、中年の男性だった。 別に巨漢というわけではない。中肉中背で、これといって特徴的な体型でもない。 しかし、身体に触れた瞬間、妙な“重さ”を感じた。 重い。 ただ体重が重いという意味ではない。 何か、空気そのものが粘つくような、電気のような、目に見えないエネルギーが身体の周囲に充満している感じがした。 そこで思わず、 「お仕事、何をされているんですか?」 と聞いてしまった。 普段、特に初対面のお客様には、仕事のことなどあまり聞かない。 しかし、その時はどうしても気になった。 すると、その男性は、 「工場で働いています」 と答えた。 何の工場かは分からなかったが、私は反射的に、 「なんか……すごい電気ですね」 と言ってしまった。 お客様は少し驚いた様子で、 「えっ?」 となった後、 「ああ……実は製薬工
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5月22日読了時間: 3分


「黄色い人」の話──北見から毎月通う工学博士のエピソード──
北海道・北見から、毎月目黒のサロンへ通ってくださっている磯江氏という方がいる。 カラダナオルのホームページにも推薦文を寄せていただいている、立派な工学博士である。 ただ、最初から元気だったわけではない。 もともとは原因不明のめまいに長年悩まされていた。 立っていることも、座っていることも辛い。それほど過酷な状態だったにも関わらず、病院では「異常なし」と言われ続けていたそうだ。 もちろん、医師を責めたいわけではない。 ただ昔から、人類は“その時代で測定できないもの”を「異常なし」と呼んできたのだと思う。 後になって、 「ウイルスだった」 「自己免疫だった」 「遺伝子的要因だった」 と分かることは歴史上いくらでもある。 だから私は、「異常なし」という言葉を聞くたびに、“今の技術ではまだ分からない”という意味なのかもしれない、と考えるようになった。 そんな磯江氏のめまいは、施術後、その後完全に消えた。 そして、その後も継続的に通ってくださるようになった。 気づけば、もう4年近い付き合いになる。 その磯江氏とのセッションの中で、今でもよく研修生やお客様に
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5月20日読了時間: 2分


人生の一大イベント、ついに始まる。
それはたまたま昨日休みで、お義父さんが自分の予定を入れているホワイトボードに「草刈り」と書いてあったので、妻と二人で参加したことから始まった。 妻は前回も参加していたので、3人中1人だけ参加しないのも気まずいのでやる気を出して参加した。参加したからには一生懸命やらないと何を言われるかわからないし、ただでさえ192cmもあるので目立つ。 そこは気合を入れて草を刈った。 それを見たのか、お義父さんから草刈りの最中に「氏子にならないか?」という誘いを受けた。最盛期は結構な数の氏子がいたらしいが、今は14世帯のみ。先行きは真っ暗ではある。 ただ敷地の隣にある神社なので、雑に扱うわけにはいかないので、二つ返事で承諾した。神社の正式に始まる新年度は7月15日の宮薙の日とのことで、その日から正式に氏子生活が始まる。 主な行事は、年に3回ある草刈りというあまり心躍らない行事だが、致し方ない。お義父さんが最年長だが、他は70代の方々で、60代はゼロ、50代は1世帯のみというなかなかの陣容だ。 お義父さんは総総代という立場で、最も偉い立場だが、気苦労は絶えない。先代
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5月18日読了時間: 2分


健康の定義は、人それぞれなのかもしれない
人は誰でも、健康で暮らしたいと願っている。 だから多くの人が、日々かなり気を遣っている。 睡眠。 運動。 食事。 どれも大切だし、気を遣って悪いことはないと思う。 ただ、それでも体は悪くなる時は悪くなるし、死ぬ時は死ぬ。 最近、いろいろな出来事を通して、そのことを痛感している。 しかし、その逆もある。 お恥ずかしながら、うちの父親は、健康に気を遣うことなく80年以上生きてきた。 10代の頃から酒とタバコ。 しかも「少し嗜む」どころではない。 完全にヘビースモーカーであり、大酒飲みである。 私たちは京都・嵐山に住んでいたのだが、京都のドライバーは昔からなかなか荒いことで有名だった。 しかも当時は今ほど厳しくなかったので、父は毎日のように飲んで帰ってきては、そのまま車を運転して帰宅していた。 幸いにも無事故無違反のまま、60歳で免許を返納したが、今思えば、ある意味奇跡だったと思う。 母親に向かって、 「昨日、俺どうやって帰ってきた?」 と聞いていたことも、一度や二度ではない。 それでも何事も起こさなかったのだから、ある意味すごい。 そんな父親だが、2
Admin
5月17日読了時間: 4分


食べものは、誰が作ったのか
健康について語る時、一般的には「運動・食事・睡眠」の三つが最重要だとされている。 それは確かにその通りだと思う。 ただ、長年多くの方の身体を見てきた経験から言うと、最終的に一番大事なのは、その人自身の「生きる意志」ではないかと感じている。 とはいえ、運動・食事・睡眠を無視していいわけではない。 特に毎日の食事は、やはり身体に大きな影響を与える。 ただ個人的には、食事において本当に大事なのは、 「何を食べるか」 だけではなく、 「誰が作ったのか」 ではないかと思っている。 たとえば、お母さんが家族のために心を込めて作ったご飯と、流れ作業のように提供されるファーストフードが、身体にまったく同じ影響を与えるとは、私にはどうしても思えない。 もちろん、栄養成分だけを見れば、カロリーや脂質、糖質、タンパク質という数字で比較することはできる。 しかし、食事とは数字だけではない。 そこには、作り手の意識や、食べる場の空気も含まれているように思う。 食事に関して、私自身の中で大きな転機になった出来事がある。 もう5年ほど前のことだ。 40代の男性がサロンへ来られ
Admin
5月16日読了時間: 3分


骨折したT氏が、松葉杖を抱えて帰った日の話
T氏は、不動産業を営む方だった。 お客様からのご紹介で、初めて目黒のサロンへ来られた時のことを、今でもよく覚えている。 左足の甲を骨折しており、松葉杖をついていた。 見るからに痛々しい状態だった。 ただ、最近は昔のようにギブスで完全固定する治療ばかりではなく、簡易的に固定しながら回復を待つケースも多い。 T氏もその状態だったので、まずは固定具を外していただき、ベッドへ横になってもらった。 もちろん主訴は、「左足の甲の骨折」である。 ただ、身体全体を見た時、私には別のことが気になっていた。 右半身全体の流れが、明らかに停滞しているように感じられたのだ。 だから実際に行った施術は、骨折部位への直接的なアプローチではなかった。 むしろ、右半身の流れを阻害している要因を取り除き、循環を回復させることを優先した。 T氏は、もともとのエネルギー量が非常に大きい方だった。 だから私は、 「阻害しているものさえ外れれば、身体は自分で回復を始めるのではないか」 と思っていた。 施術時間は、10分から15分ほどだったと思う。 施術後、ベッドから起き上がっていただき、
Admin
5月14日読了時間: 3分


結局、カラダナオルは何屋さん?
T氏とは、もう長い付き合いになる。 最初に目黒のサロンへ来られたのは、4〜5年ほど前だっただろうか。 それ以来、月1回開催している継続研修会にも何度も参加してくださっている。 つい先週も、Zoomでセッションをしたばかりだ。 以前は栃木に住まれていたが、現在は東京へ引っ越されている。 そんなT氏が、2〜3年ほど前、少し深刻な状態でサロンへ来られたことがあった。 主訴は、 「お尻から出血する」 というものだった。 なかなかインパクトのある症状である。 普通なら、まず病院へ行くだろう。 だがT氏は、 「こういう時は、目黒が一番だと思って」 と言って来られた。 そこまで信頼していただけるのは、本当にありがたいことだと思う。 私はいつものように、T氏の頭へ軽く手を当て、身体全体の状態を読んでいった。 すると、ふと頭の中にある言葉が浮かんだ。 「蛇」 ただ、それだけでは何とも言えない。 自分でも、 「また変なこと言い出したな……」 と思う。 そこで私は、T氏が当時住んでいた栃木の町名を聞き、 その地名に「神社」を加えて検索してみた。 すると、驚いたことに、
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5月13日読了時間: 2分


手の平を当てた瞬間、「イタタタ!」と叫ばれた話
最初にA氏がサロンへ来られたのは、もうずいぶん前のことになる。 まだ私がCS60というデバイスを使い、「日本一痛い施術師」などと言われていた頃だ。 そこからカラダナオルへと変化し、施術スタイルも大きく変わった。 だが、A氏はその頃からずっと通ってくださっている。 最初のきっかけは喘息だった。 施術後、症状がかなり改善したとのことで、その後も定期的にお越しいただくようになった。 あれは今から1〜2年ほど前だっただろうか。 A氏が再び目黒サロンへ来られた。 今となっては主訴を正確には覚えていな い。 ただ、何かしら体調不良があり、身体全体が重い状態だったと思う。 施術を始め、私は特に深く意識を集中することもなく、いつものようにA氏の頭へ手のひらを軽く当てた。 その瞬間だった。 「イタタタタ!!」 突然、A氏が叫び声を上げた。 こちらが驚いた。 本当に、飛び上がるほど驚いた。 A氏自身もかなり混乱している様子だった。 「何ですかこれ!? とんでもない激痛です!」 しかも続けて、 「CSより痛いです!」 と言う。 こちらとしては、 「えええ……」 である
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5月12日読了時間: 3分


すすきののラブホテル街で感じた「嫌な感じ」の話
あれは2022年の春頃だっただろうか。 北海道で初めて研修会を開催した時のことだ。 当時、北海道からの参加者はまだ少なかった。 だから私は、余るほど持っていたANAマイレージを使い、東京の研修会へ何度も参加してくれていた男性3人へ航空券をプレゼントし、一緒に北海道へ向かった。 今思えば、かなり贅沢な使い方だったと思う。 会場兼宿泊先として利用したのは、 「山鼻温泉 屯田湯旅館」 という場所だった。 もともとは温泉銭湯だった建物を改装して旅館にしたらしく、かなり面白い空間だった。 十分な広さがあり、天然温泉までついている。 しかも、すすきのの繁華街まで徒歩圏内だったので、とても便利だった。 北海道へ到着したその日。 まず旅館へ荷物を置き、一旦落ち着いた後、 「せっかくだから少し歩きましょうか」 という流れになった。 そこで男性4人で、旅館周辺を散策がてら歩き始めた。 20分ほど歩くと、自然とすすきのの繁華街へ入っていった。 時間は夕方だったと思う。 北海道特有の、少し冷たい空気。 観光客と地元の人が入り混じる独特の雰囲気。 まだ夜の喧騒が始まる前の
Admin
5月11日読了時間: 4分


「築地の先生」と、見えない世界の話
最近、遠隔サポートや空間の話を書くことが増えたせいか、 「昔から、そういう世界に興味があったのですか?」 と聞かれることがある。 正直に言えば、興味があったというより、 気づけば、生まれる前からその世界の中にいた。 そんな感覚の方が近い。 母方の祖母が、ある“先生”に深く傾倒していた。 通称、 「築地の先生」 と呼ばれていた方だ。 日蓮宗系の流れを汲む宗教法人で、息子さんはスポーツキャスターの角澤照治さんである。 (一度だけ、角澤アナウンサーが結婚後、奥様を連れて挨拶に来ていたのを見たことがある。後にも先にも、その一度きりだった。) 記事などでは「実家はお寺」と書かれているが、実際は普通の一軒家を改装したような場所だった。 そこへ祖母は頻繁に通い、何かあるたびに「お伺い」を立てていた。 ちなみに、その「お伺い」は占星術のようなものではなかった。 私は実際に何度か体験しているので、その点だけは断言できる。 使われていたのは、いわゆる“霊能力”のようなものだった。 今、Netflixで『地獄に堕ちるわよ!』の名台詞とともに再び話題になっている細木数子
Admin
5月10日読了時間: 5分


「子供を産みたくない」という感情と、生理痛の話
この話は、研修会でも時々することがある。 30代の、まだ若い女性の話だ。 彼女の悩みは、子宮関係のトラブルだった。 特に酷い生理痛があり、日常生活にもかなり影響が出ていたらしい。 だから、初めてサロンへ来られた時は、まずその痛みをどうにかすることが先決だった。 私は彼女の頭に手を当て、いつものように身体全体を見ていった。 すると、下腹部のあたりから、妙な感覚が伝わってきた。 “ねじれている”。 そんな感覚だった。 もちろん、こんなことをそのまま伝えたところで、相手の役に立つとは限らない。 だから、もう少し深く見ていくと、ある強烈な感情が浮かび上がってきた。 「子供を産みたくない」 という感情だった。 しかも、かなり強い。 ただ、こういう時は難しい。 たとえ何かを感じ取ったとしても、それをそのまま本人へ伝えることは少ない。 本人にとって意味がなければ、ただ混乱させるだけだからだ。 それに、初対面であまりにも突飛なことを言うのも違うと思っている。 別に、私は占い師ではない。 ただ、その時は、その“感情”と身体の状態がかなり深く結びついているように感じ
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5月10日読了時間: 3分
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