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前世に夢中な人
随分前になるが、九州からお客様がお越しになった。 時々、目黒まで来てくださる方で、お仕事はドローン関係をされている。 いつものように身体を見立てるため、頭に手を添えた。 すると、ふと一つの感覚がやってきた。 「この方は、前世に夢中なんだ。」 私は思わず口にした。 「なんだか、前世に夢中なんですね。」 すると、その方は驚いたようにベッドからガバッと起き上がった。 「えっ?」 その反応を見て、こちらも少し驚いた。 「実は今日の朝も、前世について書かれた本を読んできたばかりなんです。」 さらに話を聞くと、その日の朝、前世に関する本を読んできただけでなく、前世の記憶を呼び起こすと言われている音声も購入しようかと考えていたという。 そこまで前世に意識が向いていたとは、私も思っていなかった。 私は、前世に興味を持つこと自体は悪いことだとは思っていない。 前世があるのかないのか。 それは誰にも証明できない。 私自身、不思議な体験をすることは少なくないので、そういう世界を頭から否定するつもりもない。 ただ、一つだけ思うことがある。 前世でも、未来でも、仕事でも、
Admin
1 時間前読了時間: 2分


目指せ、幸せ。
最近、ハマっているテーマがある。 「3次の影響」についてだ。 詳しくはカラダナオルの研修ページに資料を貼ったので、興味のある方はそちらを見てほしい。 https://www.karadanaoru.com/kenshu 簡単に言うと、人の幸せは3次のネットワークまで伝播する、ということが実証されている。 友人。 友人の友人。 さらに、その友人。 そこまで影響が届く。 友達のお母さんの友人にまで、自分の状態が伝わる可能性がある。 面識すらないのに、だ。 そして意外なことに、人は親やパートナーよりも、友人から強く影響を受けるという。 太った友人がいると、肥満になる可能性が57%上がる。配偶者の場合は37%。 「お金持ちになりたければ、お金持ちの友達を持て」も、あながち間違いではなかったのかもしれない。 人は、思っている以上に周りから影響を受けている。 そして同時に、思っている以上に、周りへ影響を与えている。 だから最近、こう思う。 人はもっと、自分の幸せに対して自分勝手でいい。 家族のため、仕事のため、周りのため。 そう言って自分を犠牲にする人は多い
Admin
2 日前読了時間: 2分


夏至の夜に、三人で
昨日、旧友と久しぶりに再会した。 20代の頃にロンドンで夢を語り合ったゴウくん。 そのゴウくんの紹介で知り合った、カリスマ美容師のウエダくん。 外苑前で三人で飲んだ。 といっても、こちらは車だったのでノンアルコールだったけれど。 ウエダくんには、ゴウくんの紹介以来ずっと、毎月髪を切ってもらっている。 長い付き合いだ。 それでも、三人で語り合う機会はほとんどなかった。 20年ぶりくらいかもしれない。 一度、30代の頃にウエダくんとたまたま同時期にロンドンにいて、三人で飲んだ記憶がある。それ以来だ。 ゴウくんとは、一緒にトルコへ行ったり、ロンドンに行くたびに泊めてもらったりする仲だ。 彼は大阪で美容師として成功してからロンドンにやってきて、その頃に知り合った。 私はその後、日本に戻って、カメラマンになり、オンライン英会話スクールを経営し、今はカラダナオルをやっている。 ゴウくんはロンドンでヘアアーティストとして成功した後、8年前にアーティストに転じ、今は和紙を使ったメガネを作っている。 三者三様の人生だ。 一番安定しているのはウエダくんだ。...
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3 日前読了時間: 2分


頑張らないでください
日本人は、頑張りすぎだと思う。 それに、多くの人がそのことに気づいてもいない。 ⸻ 昔、まだ夫婦でアルゼンチンに住んでいた頃、スペイン語の先生にこんな話をしたことがある。 「日本では、仕事を苦に自殺する人がいるんです」 すると彼女は、本気で驚いた顔をして言った。 「はあ?なんで?たかが仕事のために?」 その点については、彼女は正しい。 確かに、たかが仕事のために死ぬのはおかしい。 でも、この国では、それがおかしいこととして扱われないことがある。 ⸻ 自分の人生を犠牲にしてまで、やることなど何ひとつない。 それは仕事だけではない。 子育て。 料理。 掃除。 人間関係。 なんだってそうだ。 辛くなったら、放り出してもいい。 逃げ出してもいい。 いったんやめてもいい。 この国では、「逃げる」という選択肢があまりにも少なすぎる。 ⸻ そうしないと、いつか身体が悲鳴をあげる。 実際に、そういう方々をたくさん見てきた。 身体は正直だ。 頭では「まだ大丈夫」と思っていても、身体は先に限界を知らせてくる。 肩が固まる。 腰が抜ける。 眠れなくなる。 呼吸が浅くな
Admin
5 日前読了時間: 2分


無重力マッサージ
最近、日帰り温泉に行くたびに、無重力マッサージがウリのマッサージ器のお世話になっている。 以前は、普通に人間が行うマッサージの方が好きだった。 けれど、いろいろなことがわかるようになると、人に身体を預けることには、思っている以上のリスクがあると感じるようになった。 --- 8月22日に、藤原直哉先生と対談を行う。 テーマは「見えない世界と、これからの日本」。 藤原先生は、見えない世界を表すものとして「虚数」という言葉を使っている。 目に見える世界が「実数」だ。 この言い方を借りるなら、無重力マッサージはまさに実数の世界のものだ。 機械が決まった動きをする。 強さも、時間も、コースも、こちらで選べる。 そこには、その人の感情も、体調も、こちらに向けられる見えない何かもない。 だから安心して使える。 --- ところが、人のマッサージとなると、そうはいかない。 その人のその日の調子。 スキル。 考え方。 人に対して抱いている気持ち。 そういった目に見えないものが、施術には大きく関わってくる。 つまり、虚数の要素がとても大きい。 しかも、それは受ける前に
Admin
6 日前読了時間: 3分


義父との距離感
去年の3月2日、お義母さんが亡くなった。 大動脈解離だった。 あれから一年以上が過ぎた。 ということは、私たちが千葉県酒々井町での暮らしを始めてからも、それくらいの時間が経ったことになる。 正式に引っ越したのは7月だった。 それまでは東京と酒々井を何度も往復する日々だった。 住まいの部分を、ほぼ一から作り直していたからだ。 築50年の9DKの古民家だが、今ではずいぶん快適に暮らせている。 週に3回ほどは源泉かけ流しの温泉へ行き、身体を整える。 生活の質だけで言えば、中目黒に住んでいた頃よりも、はるかに向上したと思う。 妻はリモートワークなので、住む場所による影響はほとんどない。 もともと仕事の日は家から一歩も出ないことも珍しくない人だ。 私も夜にタンゴのレッスンやミロンガへ行く以外は、それほど都会的な生活をしていたわけではない。 それに目黒には今もサロンがある。 週の半分以上は東京へ出ているので、未練もない。 ⸻ そして、この一年でお義父さんとの同居にも慣れた。 職人気質で、無口で、頑固。 82歳にもなれば、それは性格というより人生そのものなの
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6月18日読了時間: 3分


あと何回、「抱っこ」と言われるだろう
先週末、渋谷ではアジアタンゴ選手権が開かれていた。 長年の友人たちが、それぞれの目標に向かってしのぎを削っている。 そんな中、私は千葉でちいちゃんと遊んでいた。 今年で8歳になる姪っ子だ。 すっかり懐かれていて、会うたびに上から目線で、 「抱っこ」 と命令される。 人間観覧車をしたり、肩車をしたり、体を張った遊びに付き合った。 気がつけば15時から22時まで。 帰る頃には、スイッチが切れたようにソファへ倒れ込んでいた。 家にあるぶら下がり健康器で懸垂や逆上がりの真似事を散々していたのだから、当然だろう。 ⸻ ふと思う。 あと何回、一緒に遊んでくれるのだろうか。 あと何回、「抱っこ」と言ってくれるのだろうか。 それほど遠い未来ではない気がする。 複数の人から、 「タンゴ選手権には出ないんですか?」 と聞かれた。 正直、それほど強い気持ちはない。 以前の私なら、迷わずそちらを選んでいたと思う。 新しい出会い。 賑やかな会場。 熱気。 挑戦。 人が惹かれるものが、そこにはたくさんある。 でも今は、千葉の田舎で姪っ子と過ごす時間の方が貴重だ。 ⸻ それは
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6月17日読了時間: 2分


予知夢について
昔から予知夢を見る。 特に顕著だったのは思春期の頃だ。 あの頃は毎日のように見ていた気がする。 ただ、予知夢といっても大げさなものではない。 見るのは半年後や一年後の日常の一コマだ。 誰かと話している場面だったり。 どこかを歩いている場面だったり。 本当にありふれた光景ばかりだった。 だから夢を見た時点では特に印象にも残らない。 そしてそのまま忘れてしまう。 ⸻ ところが半年後や一年後。 ある瞬間に気づく。 「あれ、この場面を知っている」 と。 夢で見た通りの景色。 夢で聞いた通りの会話。 夢で感じた通りの空気。 そんなことが何度も起きた。 おそらく多くの人が似たような体験をしているのではないかと思う。 ただ忘れているだけなのかもしれない。 ⸻ 最近は年に数回程度しか見ない。 それも以前ほど鮮明ではない。 だから妻に話すと、 「ただのデジャブでしょう」 の一言で終わる。 もし今くらいの頻度だったら、私もそう思ったかもしれない。 だが思春期の頃は違った。 頻度も多かったし、もっと鮮明だった。 だから当時の私は結構悩んだ。 ⸻ ある時、自分が
Admin
6月16日読了時間: 2分


サリカさんへ
昨日、サリカさんが亡くなったことを知った。 サリカさんというのは、まだ私がCS60を使って施術をしていた頃、インドで開催された施術会で出会ったインド人女性だ。 現地ではコーディネーターのような役割を担っていた。 とても気が利き、明るく、いつも笑顔を絶やさない女性だった。 初対面にも関わらず、すぐに打ち解けたことを覚えている。 当時、そのチームの中で英語を自由に話せたのが私くらいだったこともあり、自然と会話をする機会も多かった。 ⸻ 今でも鮮明に覚えている場面がある。 施術会の最終日だった。 別れ際に、サリカさんは参加者一人ひとりを抱きしめながら挨拶をしていた。 インドらしい温かさなのか、彼女自身の人柄なのか。 その光景が、とても印象的だった。 そして私の番になった時、彼女は誰よりも強く、長く抱きしめてくれた。 言葉ではなく、人と人との繋がりを感じた瞬間だった。 ⸻ そんな彼女が、癌に侵されていたという。 三年間も闘病を続けた末に、帰らぬ人となった。 あまりにも突然で、今でも実感が湧かない。 あれほど元気で、あれほど生命力に溢れていた人が。...
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6月15日読了時間: 2分


タンゴが教えてくれた、教えることの難しさ──カラダナオル誕生秘話⑫
私はアルゼンチンタンゴを始めて、もう15年になる。 きっかけは、夫婦でアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ移住したことだった。 当時の目的は、二つ。 スペイン語の習得と、アルゼンチンタンゴの習得。 スペイン語は毎日5時間勉強し、2年も経つ頃には、ネイティブ並みに話せるようになった。 だが、問題はタンゴだった。 いくら踊っても、上手くなる感覚がない。 本当に、途方に暮れていた。 ⸻ 最初の先生は、ステラ先生というアルゼンチン人女性だった。 今に至るまで、彼女は最高の先生だと思っている。 ステラ先生のすごいところは、上達の遅い生徒を、決して見離さなかったことだ。 音楽に沿って、リズムに沿って踊ること。 その大切さを、何度も何度も叩き込んでくれた。 その甲斐あって、1年半ほど経つ頃には、ミロンガに行けるようになった。 ミロンガとは、アルゼンチンタンゴのパーティーのことだ。 ブエノスアイレスでは、毎日のように開かれている。 最初は恐々(こわごわ)行っていた。 だが慣れてくると、たくさんの人と知り合い、本当に楽しい時間になった。 今思えば、タンゴを始めて4
Admin
6月14日読了時間: 3分


古い着物たち-磯江さんシリーズ③
北海道の北見市にお住まいの磯江さんは、2021年10月からカラダナオルに通ってくださっている。 振り返ってみると、本当にありがたいご縁だと思う。 最初の一年間は、ほぼ隔週で北海道から目黒まで来られていた。 その後も月に一度のペースで通い続けてくださっている。 距離だけを考えても、簡単なことではない。 ⸻ 当時の予約フォームを見返してみると、様々な症状が並んでいる。 「立っても座ってもいられないめまい」 「微小血管狭心症」 「慢性前立腺炎」 「腰痛」 「首こり」 などなど。 ところが、一年ほど経った頃から、そのような症状の記載はほとんど見られなくなった。 最近はほぼメンテナンス目的で来られている。 もちろん、その変化は私一人の力ではない。 ご本人の前向きな姿勢。 継続する力。 そして私への信頼。 そういったものが積み重なった結果なのだと思う。 健康であることは、何ものにも代えがたい。 ⸻ 磯江さんの素晴らしいところは、回復して終わりではなかったことだ。 多くの人は「治される側」で終わる。 だが磯江さんは違った。 ご自身も研修会に参加し続け、どんどん
Admin
6月12日読了時間: 3分


目黒から池袋まで徒歩2時間半
先日、目黒のサロンにお越しいただいたお客様から、施術後にこんな報告をいただいた。 「心も体も元気になったので、池袋まで歩きました。」 調べてみると、目黒から池袋まではおよそ12キロ。 徒歩なら2時間半以上かかる距離だ。 正直なところ、自分自身でさえ、そこまで歩いた記憶はない。 目黒に住んでいた頃は、よく表参道あたりまで歩いた。 それでも30分ほどだ。 今でも祐天寺から目黒まではよく歩く。 片道30分、往復1時間くらいなら造作もない。 しかし、2時間半ともなると話は別だ。 それだけ歩けたということは、それだけ元気になったということなのだろう。 嬉しいことだ。 ⸻ 歩くと、色々なことを考えられる。 車の運転中にそこまで思考を巡らせたら危険だが、徒歩ならそれができる。 そういえば昔、毎日2時間以上歩く起業家がいた。 歩きながら、事業のアイデアを練っていたらしい。 あのお客様も、池袋までの2時間半、色々な思考が頭をよぎったことだろう。 その道のりで生まれた何かが、いつか大きな実りになることを、心から祈っている。
Admin
6月11日読了時間: 1分


母を病院へ連れて行く日
今日は母を病院へ連れて行った。 去年の七月、肺に水が溜まって緊急入院してから、もうすぐ一年になる。 それ以来、ほぼ毎月、大学病院へ通っている。 あの夜のことは、今でもよく覚えている。 ちょうど、妻とカナダへ発つ三日前だった。 深夜十一時過ぎ、留守電に母からの着信があった。 こんな時間にかけてくる人ではない。 何かあったと思い、慌ててかけ直した。 電話がつながると、「死ぬ、息ができない、苦しい」と、途切れ途切れの声が聞こえた。 とにかく息を吸うように伝えながら、家族に連絡をとり、救急車を呼んでもらった。 そうして、なんとか一命を取り留めた。 あのまま亡くなっていても、不思議ではなかった。 もし、私たちがカナダへ発った後だったら、もう間に合わなかったかもしれない。 人の運命というのは、本当に紙一重だと思う。 それが奇跡的に息を吹き返して、今こうして一緒に病院へ通えている。 まずは、そのことに感謝している。 ⸻ 心不全の数値は、ここ三ヶ月ほど安定している。 当初は六種類あった薬が、今は四種類まで減った。 今日はさらに一種類、減量になった。...
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6月10日読了時間: 3分


会場選びもまた施術の一部なのかもしれない
研修会を始めた頃は、福岡、大阪、仙台、北海道と全国各地で開催していた時期がある。 会場は主にインターネットで探していたのだが、これがなかなか難しかった。 写真では素敵に見えるのに、実際に行ってみると全く印象が違う。そんなことが何度もあった。設備や広さの問題ではない。なんとなく落ち着かなかったり、妙に疲れたりする場所があるのだ。 だから会場選びには、意外と苦労した記憶がある。 ⸻ 例えば、今年の7月には神戸で施術会を開催する。 今回はお招きくださった方が会場を提供してくださるので、本当にありがたい。 また、8月22日には経済アナリストの藤原直哉先生との対談を予定している。 こちらは大手町のサンケイプラザで開催することにした。 都内の会場はいくつも下見をしたが、その中でもサンケイプラザは立地も雰囲気も素晴らしかった。迷うことなく決めた。 ⸻ 私は昔から、土地にはそれぞれ固有の空気があると思っている。 「エネルギー」と言うと怪しく聞こえるかもしれないが、実際にその場所へ行くと、人によっては感じるものがあるのではないだろうか。 九州は土地の力が強いと言わ
Admin
6月9日読了時間: 3分


「先生って、何の先生?」── カラダナオル誕生秘話⑪
「先生って、何の先生なんですか?」 先日来られたお客様に、そう訊かれた。 確かに、その通りだと思う。 整体と謳ってはいるけれど、整体師という国家資格はない。 鍼灸師でも、柔道整復師でもない。理学療法士でも、医師でもない。 では一体、何者なのか。自分でも、時々わからなくなる。 ⸻ 別のお客様には、こう言われたこともある。 「人に説明する時に、困るんですよね。」 CS60を使っていた頃は、まだ説明しやすかったらしい。「あの道具を使う人です」で、何となく伝わった。 でも今は、道具もない。遠隔もやる。写真を見ることもある。説明する方も、大変だ。 さらに、こうも言われた。 「ここ、紹介しづらいんですよ。」 なぜですか、と訊くと、 「だって、本当に治っちゃうでしょ。宗教だと勘違いされそうで。」 ……それはそれで、困る。 ⸻ 妻からは、「とにかく何でもいいから、国家資格を取ったら?」と言われ続けている。 鍼の専門学校の資料まで、取り寄せられたこともあった。 解剖学も、栄養学も、心理療法も、独学で学んだ。ほかにも、興味の赴くままに色々と。 でも、資格を取ったこと
Admin
6月8日読了時間: 3分


ズボンが脱げる── カラダナオル誕生秘話⑩
これも、もう5〜6年ほど前の話だと思う。 ある日、ご高齢の女性が、娘さんに付き添われてサロンへ来られた。 どんな症状だったか、今となっては細かくは覚えていない。 ただ、いつものように身体の状態を確認し、一通り施術を終えた。 そして、「では、ゆっくり起き上がってください」と声をかけた、その時だった。 ⸻ 「先生、ズボンが脱げる!」 慌てた様子で、そうおっしゃった。 最初は、冗談かと思った。 あるいはベルトを忘れたのかと思い、「ベルトはされていますか?」と尋ねた。 すると、「最初からしていません」とのことだった。 よく見ると、確かにおかしい。 ウエストが明らかに緩んでいて、指が何本も入るどころではない。ざっと見ても、10〜15センチは余裕ができていた。 さすがに、そのままでは帰れそうにない。私は自分のベルトを外して、お貸しした。 ⸻ 翌週、その女性はまた来られた。ベルトも、無事に返していただいた。 そして驚いたことに、ウエストは緩んだままだった。一時的な変化では、なかったのである。 なぜそうなったのかは、私にはわからない。今でも、不思議な出来事の一つ
Admin
6月7日読了時間: 2分


なぜ病気を見ずその人を見るのか?:カラダナオル誕生秘話⑨
過去に一度だけ、無料の体験会を開いたことがある。 来られたのは4人ほど。その中に、一組のご夫婦がいた。 奥様は、EGPA(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)という難病を患っていて、外出には車椅子が欠かせなかった。ご主人が付き添って来られていた。 私はいつも通り、施術をした。 すると、20分ほど経った頃。 ご主人が車椅子を折りたたみ、奥様は自分の足で歩いて帰っていかれた。 ただ、正直に書いておく。 なぜそうなったのか、私には今でも説明できない。 https://youtu.be/UjNmailas3A (その顛末は上記動画に収めてあるので、各自で判断してほしい。) 私が「治した」とも思っていない。 ただ、その日、そういうことが起きた。それだけだ。 ——そのあと、無料の体験会をやめたのは、言うまでもない。 後日、気になってご様子を伺うと、「あれ以来、車椅子なしで買い物に行けています」とのことだった。 それはそれで、嬉しい。 ⸻ その日、一番自分に響いたのは、別の言葉だった。 ご主人が、病院でのことを話してくれた。少し怒気を含んだ声で。...
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6月6日読了時間: 3分


身代わりという不思議な施術── カラダナオル誕生秘話⑧
あれは、研修会が本格的に始まって、しばらく経った頃のことだった。 いつものように、私が手本を示しながら施術を教えていたとき、 一人の研修生が手を挙げた。 「息子の統合失調症を、どうにかしたいんです。」 そんな相談だった。 ⸻ 私は割と気軽に、 「じゃあ、身代わりの施術を試してみますか?」 と答えた。 その時に思いついたのか、以前から時々やっていたのか、今となっては定かではない。 ⸻ 身代わりというのは、本人がその場にいなくても、 親子のような強い繋がりがある場合に、 その繋がりを介して施術をする、という方法だ。 まだ遠隔やZoomで施術をしていなかった時代である。 本人が来られないとき、時折こうした方法を試していた。 ⸻ ただ一つ、不思議なことがあった。 なぜか身代わりの施術になると、受ける側の痛みが倍増するのだ。 その理由は、今でもわからない。 深く追究したこともない。 経験上、「そういうものらしい」という程度の認識だった。 ⸻ その研修生によると、息子さんは統合失調症を患っていて、 常に100人くらいの声が聞こえているという。 私は素直に、「
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6月5日読了時間: 3分


運命は決まっているのか
あれは、まだ私がこの仕事を始めたばかりの頃だった。 その男性は、一度だけサロンに来られた。 脳梗塞の後遺症を、少しでも改善したい、ということだった。 けれど結局、その後お会いすることはなかった。 だから、今どうされているのかは分からない。 ただ、その方から聞いた話だけは、今でも忘れられない。 ⸻ その男性が脳梗塞で倒れたときのことが、また特殊だった。 知人のお見舞いのために、ある病院を訪れた。 その駐車場から出たところで、突然倒れたという。 しかも、偶然というには出来過ぎているのだが、 その病院には、日本でも名の知れた脳外科医が勤めていて、 その医師が、執刀にあたったそうだ。 手術は無事に成功し、しばらく入院したのち、退院した。 ここまでなら、よくある話である。 問題は、その後だった。 ⸻ 彼は退院してから、人のオーラが見えるようになったという。 赤や、青や、黄色。 人によって、色はさまざまだったらしい。 私は、そういう能力の真偽を判断するつもりはない。 ただ、臨死体験に近い経験をすると、何か感覚が変わる人がいることは、確かにある。...
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6月4日読了時間: 3分


道具に使われるなーカラダナオル誕生秘話⑦
昨日、あるお客様がCS60を持ってサロンを訪れた。 CS60というのは金属のデバイスで、 「これを持てば誰でもゴッドハンドになれる」 と紹介されている道具だ。 私自身も2018年から2022年まで使っていた。 だから良いところも悪いところも知っている。 ⸻ ただ、一つだけずっと違和感があった。 施術しているのは人なのに、 結果が出ると、 「CS60がすごい」 という話になることだった。 ⸻ それと、もう一つ。 擦るだけの施術なのに、私が使うと、なぜか激痛が走った。 その痛みは尋常ではなく、 いつしか私は「日本一痛い施術者」などと呼ばれるようになった。 正直、嬉しい呼び名ではなかった。 人を痛がらせたいわけではない。 ただ、より良い結果を出したかっただけだ。 ⸻ だから私は考えた。 どうすれば痛みを出さずに、結果を出せるのか。 その答えを探すうちに、ミルトン・エリクソンの催眠療法に辿り着いた。 独学で学び、試行錯誤を重ね、 さらに、自分自身の意識の使い方を学んでいった。 すると、同じ変化が起きても、痛みはほとんどなくなった。 最終的には、痛みをほぼ
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6月3日読了時間: 4分
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